ラスト・ブラットーー隻腕の簒奪者

ガミル

黄金卿の章―― 右腕狩りの男 其の①

 「ちっ。コイツも駄目だ。


 錆色の軍用コートを着た男は、今しがた急襲してきた盗賊から引き千切った右腕を、左腕でぶん回しながら盛大に悪態を付いた。

 

(まぁ、こんな貧相な腕がオレの右腕の変わりにはならねぇと薄々感づいちゃいたが、思いのほかガッカリするもんだぜ)

 

 彼は内心でぼやくと、ちらりと盗賊の方に目をやった。

 

 盗賊は男の視線に気づいたのか、ヒィッ。と蚊の飛ぶような情けない声をあげた後、あからさまに震え始めた。恐怖の上限値を突破した盗賊のズボンに大きな染みが出現するまでそう時間はかからなかった。

 

 「――漏らしやがった。全く汚ねぇ野郎だ。……おい、てめぇの貧相な腕は返してやるから、『黄金卿エルドリッジ』の情報をよこせ。噂によればその身一つでこの街を手に入れた男らしいじゃねぇか」

 

 男は右腕を盗賊目掛けて投げ飛ばした後、盗賊の見すぼらしさに満ちた哀れな前髪を引っ張り上げる。

 

 「か……か、勘弁してくだせぇ!あっしみたいな下っ端には『黄金卿エルドリッジ』のことなんざ分かりやせん!お願いだすからこれ以上乱暴しないでー!」

 

 (クソ、なんて使えねぇ奴だ。まぁこんなドブネズミみたいな顔した奴が上役の顔なんざ知ってるわきゃねぇとは思っていたが。さてどうするかな。これ以上は有益な情報も得られそうにないが……まぁいい、カスと喋るのもそろそろ飽きたし――殺すか)

 

 男は思考を一巡させたが、得られる答えはないと判断した。そして、残酷な結論が提示されることになるが、当然盗賊には知る由もない。

 

 「なぁ、ドブネズミ君。お前の首と体がこんにちはする前に、吐いちまった方がいいぞ。本当に知っていることはないのか?どんな些細なことでも構わんぞ」


  男は鋸状になった右腕を盗賊の首元にゆっくり近づける。途端に盗賊――ドブネズミの顔面は蒼白になった。

 

 「ま、待って。あの方のことをよく知ってる奴をお、教えるゥ、教えますゥ!

 名前はデップ。『賭博荒らしの道化師』って呼ばれている男だ。な、こ、これでいいだろ。頼むよ命だけはッ!――」


 「『デップ』ね。ありがとよ。それじゃ褒美と言ってはなんだが死に方を選ばせてやる。身体真っ二つか蜂の巣。どっちがいい?10秒以内に答えな」

 

 「は?、ちょちょちょ……待ってくれ!ハナシが……ハナシが違うじゃないッ。喋ったら助けてくれるんじゃ……嫌だ嫌だイヤだ死にたくない死にたく死にたくナイッ……!」


 「人聞き悪いぜ。誰も『殺さない』とは言ってないだろ。8、9……10、さてどっちでもないということは両方ってことでOKだな。じゃ、死ね」


           ◇ 『錐螽蜊斯キリギリス』 ◇


 男の右腕が高速回転し形状変化する。より殺人しやすい形へと特化していく。その姿はまさしく削鉱機械ドリルの様で。右腕中に生えた夥しい数の刃が盗賊の体を縦横無尽に切り裂き、貫き、バラバラにしていった。鮮血が飛び散っていくその様はかつて彼が東都トウトの方で見たファイヤーフラワーに酷似していた。

 

 「さぁて。デップ君の元へ行かないとなぁ。奴こそはのことを知っているといいが」

 

 歪な変形を繰り広げていた右腕はやがて見慣れた錆色の義手へと変化していった。

 

 この異形の右腕を持つ、錆色コートの男――名前はザッシュ・ヴァイン。またの名を錆刃剣ラスト・ブラットのザッシュ。かつて、崩界戦カタストロフィと呼ばれた大戦で『英神の右腕アガート・ラーム』と呼ばれた古兵。

 そして現在。喪った右腕を取り返す旅の真っ最中。

 

 ザッシュは錆色の義手を同系色の刀剣に変形させると、先程までドブネズミの肉体を形成していた物体モノを蹴り飛ばし、颯爽とその場を後にした。

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