ガレット・デ・ロワ

リク

プロローグ 

 関西国際空港は、就航都市数百三十都市を超え、国内でも第二位にあたる大きな空港だ。


 夏休み期間中ということもあってか、いつもよりも子供たちのはしゃぐ声、走り回る足音が多い。


 数多の人が行きかう巨大な空港。取材許可を得て撮影クルーが構内を歩く――ディレクターが奥に向かって指さし、カメラマンがそちらへレンズを向けた。

 静かに天を仰ぎ見る姿は、飛行機などではなく天界へ帰る梯子を待っているかのごとく。

 

 日差しを浴びて輝く金髪。白磁のごとく滑らかに透き通った肌。横から見た造形は、真正面に回っても際立って美しかった。すっと通った程よい高さの鼻筋。大きなアーモンドのような丸い目。小さな輪郭という額縁の中に、何もかもが完璧に配されている。

 

 ディレクターの佐藤は、しばらくその端麗な顔に見惚れる。やがて我に返り、天使に向かって手を振る。

「ハーロー! ジャパニーズティービーショー、キャンユースピークイングリッシュ? あー、インタビューオーケーですか?」

 少年が、イエスと軽くうなずきながら応じる。

「アーユーフローム?」

 明後日の方向を指さす少年に、どこだとディレクターは目を眇める。

「あ、えっと、Why? どうして日本へ。ホワイ、ディッチュー、カムトゥージャパン?」

「なんでって、あぁ……兄貴がここで働いてんねん。せや、お兄さんちょうどええとろこにおったわ。これ密着やろ? 俺、今迷子やねん。ここまで案内してくれへん?」

 天使のマンシンガントークを聞いていた佐藤は、しばし呆けた。

「なんやの、そのぽーかん顔。宇宙人でもおったんかい」

「え、えーっと? どちらのお国の方?」

 近づいたディレクターは、相手の目の色がグレーであることに驚く。

「俺? バリバリ日本人やで? おかんが、外国人やねん。なんやねん、そのけったいな顔。東京弁やないと、通じひんの? これ、どこやねん。教えてくれへん?」

 フロアマップを見せてくる天使に、ディレクターは手元を覗き込む。


 羽が生えていないことに違和感を覚えるほどの美少年に、ディレクターはマイクを向けた。

「今いくつ?」

「今? 十五歳。お肌ピチピチしてるやろ」

「将来はモデル志望かな?」

「そら、決まってますやん! お笑い芸人、めっちゃカッコェもん! あぁ、でも、この顔じゃなれへんかも」

 頬に手を当てる姿まで、絵になる。ディレクターはのぼせながらうなずいた。

 

 質問に答えていた少年が、遠くを見つめて、兄ちゃん! と駆け出した。

「お前、遅いで! もう行ってしまった後や」

「えー! そやかて、急いできたんやけど……」

 同じように色素の薄い髪の毛と瞳をした少年が、こちらを窺っている。ディレクターは慌てて、名刺を差し出した。

「放送許可を保護者の方にとりたいので、連絡先を教えてもらえますか?」

 連絡先を少年から教えてもらい、ディレクターは楽しそうに話す兄弟二人にお礼を言うと、他の取材対象を探し始めた。

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