第21話 森のボスとナイトの話

妖精で狩人の末裔となるピクシー狩魔のリーダーは、ミルディアを黒いドラゴンの元に案内した。



リーダーは乗って来た馬に似た魔物、モルトにミルディアを乗せて、その後ろに自身も乗った。



仲間たちはリーダーの指示に従い、後をついてくる形で出発する。



モルトは彼等に忠実で、彼らの命に従って、速度を上げた。



馬と違い、モルトも魔法が使えた。足腰に力を加えることや、魔法で目的地の距離を縮めることができる。



近づくにつれて木々がなぎ倒されていたことに気づき、モルトはその光景に少し戸惑ったように速度を落としたが、リーダーがこのまま進むように指示を出すと、再び速度を上げて目的地の滝の前に移動した。



その間のリーダーはミルディアに対し、本物の魔族の娘を相手にしている時と同じ、紳士的な態度だった。ドラゴンの攻撃で木々がなぎ倒された後の斬撃を見た時も、ミルディアを気遣っていた。正直、そんな彼に少し、ミルディアは罪悪感を感じた。




「ここの滝辺りは全て森の主の縄張りとなります。部外者、侵入者が立ち寄れば直ちに排除する決まりですので、きっとあなたと幼馴染の方も侵入者だと勘違いされたのでしょう」



親切心からか、ドラゴンが攻撃した理由まで教えてくれる。



ミルディアは申し訳ない気持ちになり、浮かない顔をして微かに頷いた。



「…ありがとうございます。カイラードさん」




抑揚のない声で名前を呼び感謝すると、彼は不思議そうに首を傾げたが、特に口を挟む事なく笑みを浮かべ、スッと滝の方に厳しい目を向けた。




「このままあの滝の前まで近づくのですが、あの辺りは地面がぬかるんで滑りやすいです。モルトから降りて行動します」




リーダーのカイラードはそう言って、先に自分がモルトから降りると、下から降りるミルディアを手伝う。



地面にゆっくりと足をつけたミルディアは、まだ乗っている時の感覚がして足がよろめき、カイラードの方に倒れてしまう。


「おっと!大丈夫ですか?」



カイラードが咄嗟に支えて、心配そうにミルディアを見つめると、彼女は慌ててカイラードから離れ、「大丈夫です!」と少し恥ずかしそうにして答えた。



「なら、良いのですが…。また、よろけると心配ですので、私の腕に掴んで歩きましょう」



小さな子供と接しているときのような優し良声音で告げると、ミルディアの前に左腕を差し出した。



「え…?いや、いいですいいです!そこまでしてもらわなくても、一人で歩けますよ!」


だが、その行動にミルディアは驚いたように声を上げて、慌てて首を振って断った。 



「いえ、ですが、ミルディア嬢。足元は大変滑りやすくなっています。一人で歩かれると危険です。あなたに何かあれば、お探ししている幼馴染の方はどうなるのですか?それを考えれば、ここは協力して前に進んだ方がよろしいかと思います」



即座にカイラードが痛いところを突いてくる。ミルディアはうっと言葉に詰まり、彼が差し出す左腕と足元を交互に見て、渋々頷いた。



「…わかりました。では、腕をお借りします」



(う〜…。コイツと腕を組んで歩くなんて、変なことになったなぁ)



内心嫌だったが仕方ない。



ため息をついてミルディアは催促するカイラードの左腕に自分の手を回した。



それを確認したカイラードは満足そうににこりと頷き、ミルディアが滑らないように、ゆっくりと歩き始めた。



「あ…。それと、ミルディア嬢。先に言っておきますが、森の主はとても気難しい方です。我々ともあまり共通点がなく、異なる種族のため、少々、説得するのに時間がかかるかもしれません」



続けて言われた言葉は、ミルディアも理解していた。



この森にいるドラゴンが一般的に知られているドラゴンという生き物と同じ性質かはわからない。



だが、東の森にいるドラゴンは魔王陛下と同じく、長い時を生きている種族である。



周りに崇められてきたことで、その自尊心は高く、気高い心を持った世界で最強の種族だ。



そのため、他の種族、特に長い時を生きる妖精とは反りが合わなかった。


だからミルディアは彼が初めからドラゴンを説得できるとは考えていなかった。



「それは、承知しておりました。これでも私は中流貴族の生まれです。他の種族には権威を払うように、父から教わっています。ただ、今回は二人で森に足を踏み入れてしまったことを、とても軽率な行動だったと深く反省しているのです」



仮の設定として今は貴族の娘を演じているが、より本物に見えるようにこれくらいのことはちゃんと覚えていた。



前世の魔王陛下の娘だったメアリーでは立場がまた違ってくるが、それとなくわかっている風を装い、それっぽい後悔した表情を見せて話した。



すると、カイラードは微かに感心したようだったが、軽率な行動とわかっていて入ったという点では、同意するように厳しい顔を向けた。



「わかっていたなら、やはり入るべきではなかったですね。反省しているようなのでこれ以上はむし返しません。それより、そろそろ森の主がこちらに気付く範囲まで入りました。私がまず話してみますので、そのあとあなたからも説明してください」




嘘の話でここまで連れてもらったのだから、彼に従い大人しくしていよう。



ミルディアが頷くのを見て、カイラードはミルディアを仲間に任せ、自分は滝のある川沿いへ近づいていった。



「私達はこちらの草陰で待ちましょう。ここなら境界線ですので、森の主にも気づかれません」



身を隠す場所に他の狩魔がミルディアを案内する。



境界線は苔のついた太い幹で盛り上がった手前。道を塞ぎ、この幹を乗り越えなければ向こうに渡れないようになっていて、ちょうど人が二、三人隠れるくらいの幅がある。



ミルディアはその幹の前で腰掛けて、待機した。



その間、周囲に気を配り、狩魔達も警戒してくれた。



その後、三十分もしないうちにカイラードが戻ってきた。



彼はゆっくりとミルディア達のいる境界線に近づいてくる。



彼は真っ青な顔をして右腕を庇い、ふらふらした足取りで歩いていた。



「なっ!?何があったんですか!」



仲間の一人が慌てたようにカイラードに近寄り、彼を支えた。



カイラードは険しい顔をして仲間の手を取り、ミルディアの前で立ち止まった。



「ミルディア嬢。森の主である黒竜様に会い、あなたの幼馴染みの話をしました。ミルディア嬢、本当の事を言ってください。私を…騙したのですか?」




カイラードが思い詰めたようにミルディアの肩を力強く掴んだ。


ミルディアは嘘をついて彼を利用し、ドラゴンに近づいた。



一瞬息を飲み、ミルディアはぎこちなく首を振った。



「ま、まさか…!そんな、何があったのですか?」



答えるとボロが出そうだ。ミルディアはその問いに答えずに、逆に彼に何があったのか尋ねた。



カイラードはその言葉に、ミルディアから離れ、愕然としたようにその場に座り込んだ。


「どうしたんです!?大丈夫ですかっ!」


「カイラード様!!」


仲間がギョッとしたように彼に駆けつける。



ミルディアも驚いたように目を見開いた。



「わ、私は見てしまいました。森の主に会い、あなたのことを話しました。その途中で奇妙なことが起きました。…突然、滝上から高位魔族が現れ、も、森の主を襲いました」


何かに怯えるように震えながら告げると、仲間に支えながらゆっくりと立ち上がった。そして、鬼気迫る様子でミルディアの腕を掴み、訴えるような目で彼女を睨みつけた。



「どういうことか説明して下さい!現れた高位魔族はあの黒竜様を、一撃で、一瞬で倒したんです!私もそれで狙われた!まさか、あなたもあの魔族の仲間なのかっ!?」



「ちょ、ちょっと待って!落ち着いて…!私にも何がなんだか…!ドラゴン、黒竜様を一撃で倒すなんて、そんな人は知りません!」



ミルディアはギョッとして、慌てて首と手を振り否定した。



「ですが、こんなタイミングよく現れ、あの黒竜様を倒したのですよ!?知らないにしても、誰か、心当たりはないのですか!?」




悪いが心当たりなどない。転生して初めて訪れた土地なのだ。



今の高位魔族がどのくらいいて、どんな人なのか、ミルディアにはわからなかった。



「ごめんなさい、ないわ。カイラードさん、私はあまり詳しくないんです。ごめんなさい」



カイラードの、前世では見たことのない怯え方に、ここまで連れてきたミルディアは強く罪悪感を感じた。



彼女が仕組んだわけじゃないが、ここに連れて来て巻き込んだのは事実だ。



「そんな…っ。…悪いが、ミルディア嬢。私はここで帰らせてもらいます。あの者は私を捜しに来る!仲間もこれでは襲われてしまう!早くここから遠ざかるべきだ…!」




まるで人が変わったように、怯えながら慌てて仲間とここから離れようとする。



「え?ま、待ってよ!私、本当にあの壁の中に入らないと、困って…!」



逃げるように歩き出したカイラードを慌てて呼び止めたが、彼は血走った目でミルディアを睨みつけた。



「あなたが貴族の娘さんで、困っていたから連れてきたんだ!命をかけてまで、あそこに戻るつもりはない!」



そう叫ぶように訴え、彼は来た道を引き返した。



「カイラードさん!待って!私も…っ」



(そんな急に!残されても、これからどうするんだ!?)




慌てて自身も連れて行くように叫び、後を追いかける。だが、彼等は停めていたモルトに乗って、ミルディアを放置したまま木々の向こうに消えて行った。


「そんな…!カイラードさん!」




彼等の姿が見えなくなった後も、一人取り残されたミルディアは元来た道に向かって叫び続けた。

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