大魔女は穏やかに暮らしたい 一部

綺璃

序章

膝をつき、息も切れ切れに、完全武装した騎士のような男が目の前にいる。



その表情は憎しみに歪み、こちらに何事か叫んでいるが、私の耳にはその声は届かない。



ただ、傅かむように膝をつくその姿は哀れに見えて、とても悲しくも見えた。



「何を…何を笑っている!私が、勝てないと!?」



悔しそうに歯噛みし叫ぶ声は怒りに満ちて、なんとか力を入れてふらつきながら立ち上がる。



「はぁ…哀れだな、王子。私とお前、どう見ても勝ち目はないと言うのに…」



尚も挑もうと立ち上がった彼は、本当に哀れだ。



私と彼、力の差は圧倒的。



最強武装をしても、私には敵わない。



「舐めるなよ魔女!貴様の全て、私が断ち切ってやる!」




剣を構え、彼が再びこちらに襲いかかる。



私は手をかざし、次に来る予想した光景に見るに耐えず、そっと目を伏せた。



刹那、肉食獣のような鋭い殺意を感じて、ハッと目を開けると、私の身体が宙に吹き飛ばされていた。



「が、はっ…!」



全身激痛が走り、血飛沫が舞って地面へと落下する。




「…っ、なん…っ?」



自分の身に何が起きたのかわからなかった。



襲いかかっていた彼に攻撃されたのかと目を向けたが、彼は少し離れた先で剣を振り上げたまま茫然と立ち尽くしていた。



ゴホッ!と口から血を吐くと、グシャ、グシャ、と嫌な音が近くで聴こえた。


それが自分の吹き飛ばされたどこかの部位で、それを踏み潰しては返り血を浴びてこちらに近づく一人の男。




「…やぁ、メアリー。なんて素敵な格好なんだ!君の最期は、僕の役目だよね?」




聞くに耐えない歪んだ男の歓喜な声。



何度も目にした事のある、恍惚とした表情。



首を傾げてこちらを見下ろす男は、この世で一番私を慕っていたはずの親友だった。



「な…っ!?お、ま…グハッ!!」



最後まで声が出せなかった。



再び彼が迷わず、炎の宿した剣で腹部を何度も突き刺す。



「メアリー?ダメだよ、メア。僕が君に話をしている。いつも言っていたはずだよ」



肉が焼け骨が砕け、身体の部位が壊れた瀕死の重体の友に向かい、彼はにこやかに告げる。


ここまでの攻撃を一撃で出来るのを初めて知って初めて気づいた。



この男が今まで力を隠していたことに。



最強と謳われた魔王とその娘の血を受け継ぐ私。


それとは別の桁外れな力を持っているのだと。



(自然回復が追いつかない?骨が…潰れた器官も…修復ができない?)



いつもなら自動的に自然治癒するが、何故かいつまで経っても痛みがして治らない。



「あ!今、身体のこと考えた?無理だよ。回復は不可能。あの王子の持つ聖剣よりも僕の力は特別なんだ。王子が呼んだ、あの聖女の力をね」



私の思考を呼んだ彼が無邪気な笑みで答えた。



聖女の力は、闇に生きる私の体には毒だ。



回復できないのも納得いく。



(そうか…、だからなのか。私はこのまま死ねのだな…)



今度こそ、私は死を迎える。



すでに目の前で見下ろすこの男の顔が見えない。



身体の感覚はとうになく、思考も薄れていった。



「ああ…メアリー。美しい僕の––––」



意識が薄れていく中、親友の呟く声を最期に、大魔女は静かに息を引き取った。





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