放課後。美鈴と共に、京はなぜか気合を入れて家庭科室の前に立っていた。

 ガラガラッと勢いよくドアを開ける。師範台のところで、伊東とうさぎが何やら話し合っていた。

「こ、こんにちは」

 美鈴が挨拶すると、他の部員たちも挨拶を返してくれた。伊東とうさぎも挨拶を返す。

「こんにちは〜。あ、この前の。入部してくれたんだね」

 伊東がのほほんとした口調でいうので、京はうなずいた。

「よろしくお願いします」

「うん。よろしく。うさぎも会ってるんだっけ?」

 それに、彼女はうなずいた。

「これからよろしくね、伊吹くん。ちょうど今日はロールケーキを作る予定なのよ」

 その言葉に、彼はきらりと瞳を輝かせる。

「ロールケーキ…」

「ふふ、甘い物、好きなのよね」

 うさぎがその呟きにおかしそうに笑う。京は無言でうなずいた。

「楽しみっす」

「じゃあ、そろそろみんな集まってきたし、作り始めようか。結城ちゃんと京ちゃんも参加してね。俺が説明するから」

 言いながら、伊東は腕捲りをしてエプロンを身につける。

(結構筋肉あるな)

 あらわになった腕を見て、京は移動しながらもそう思うのだった。



 一通りの説明がなされて、早速部員たちが作業に取り掛かる。京は美鈴が一緒にやろうと言ってくれたので、二人でやることになった。

「伊吹くんはお菓子作りしたことある?」

 いつのまにか隣にやってきていたうさぎに驚きながらも、彼は首を横に振った。

「初めてっす」

「じゃあ、私も一緒に作ってもいいかな」

 それに、京はこくりとうなずいた。頼もしい。美鈴も大きくうなずいている。

 さすがに三人で一本のロールケーキを作るのは逆に大変なので、うさぎは二人のお手本として一人で一本作ることにした。京と美鈴は二人で一本だ。

「じゃあ、始めましょうか。まずは材料を量っていってね」

 配布されたレシピの分量通りに計量していく。次に白身と黄身に分けたものに数回に分けた砂糖をいれて、ハンドミキサーで泡立て始める。

「メレンゲはツノが立つまでね」

 うさぎの言葉にうなずきながら初めて感じるハンドミキサーからの振動に、京は感動した。

(これ、腹に当ててやってたら痩せそうだな…)

 やがてピンとツナが立ったのを確認して、次の作業に取り掛かった。



 オーブンが出来上がりを告げる機械音を鳴らした。京と美鈴が、そっとオーブンを開ける。中から甘いバニラの香りが立ち込める。

 美鈴が鍋つかみを使って台の上に置いた。

 出来上がった生地を見て、二人はうなずき合う。

 表面は茶色く、ふんわりと膨らんだ柔らかそうなスポンジ生地。間違いなく成功だった。

「うまくできたな」

「はい!よかった…」

「ふふ、上手に焼けてるわね」

 自分の分のスポンジ生地を台の上におきながら、うさぎが笑った。

「うっす」

「じゃあ、生地が冷めたらラム酒を打って、さっき泡立てておいたクリームを塗りましょう」

 それにうなずいて、京が必要な道具を取りに行く。途中、師範台で一人ロールケーキを作っていた伊東の横を通り過ぎようとして、立ち止まる。

 伊東は既に二本のロールケーキを作り終えていて、クッキングシートの上に置かれていた。

(すげぇな。俺なんか結城と2人がかりで生地が焼き終わったばかりなのに)

 よほど手際がいいのだろうなと考えていると、ぼーっとしていた伊東と目があった。

「…どうしたの?」

「や…手際いいんすね」

 素直に思っていることを口に出してみる。すると、彼は嬉しそうに笑った。

「ありがとう。後で食べてみる?」

「いいんすか。ぜひ」

 楽しみが増えたと思いながら、彼は調理準備室に入っていった。

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