6

 ――現在。

 震えが、震えが止まらない。

 音をたてずに、泳ぐことは難しい。隠密索敵の教練において、彼はいつもこの水泳が苦手だった。だが、今はその苦手な水泳が役に立っていた。できる限り大きな音をたてて、泳ぐ。別に速くなくてもいい。だが、音が重要なのだ。追っ手をひきつけるには。

 歩道を歩いてもいい。だが、その目的を果たそうとすると、大きな音をたてて歩かなければならない。それでは露骨すぎるし、何より不自然だ。

 爆発の間隙に、汚水の水面を叩く音。その間隙に響く、がちがちという音。

 震えが、震えが止まらない。

 それにしてもひどい泳ぎ方だった。手はクロールと平泳ぎの中間で、息継ぎをしようとすれば、足の動きが止まり、身体が沈む。汚水を飲ままいとして、顔をあげれば、手の動きまで止まってしまい、さらに身体が沈む。泳ぐのが苦手、というレベルではない。どう贔屓目に見ても、それは泳いでいるようには見えなかった。

 汚水の中、彼は下水を奥へ奥へと這いずっていく。

 突如、轟音が鳴り止んだ。

 彼は泳ぐのを止める。闇の中、耳が痛くなるような静寂が訪れた。この静寂を、彼は知っていた。過去に経験していた。呼び戻された記憶が――


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