第9話 等身大


 ――五分後。


 赤城には着替えの為に一旦部屋の外で待ってもらい、着替え終わった事を影が部屋の中から外にいる赤城に伝えると戻って来た。


「なんかこれ堅苦しいね。それにしても昔の海軍の提督そっくりだね」


「昔?」


「あっ、いや、何でもないよ……」

 どうやらこの世界と影がいた世界は歴史が違うらしい。

 とは言っても昨日赤城が使った零式艦上戦闘機を見て薄々気づいてはいたが……。


「あ~前いた鎮守府のことですね。はい。とてもお似合いですよ」

 赤城がいい方向に勘違いしてくれて良かったと安堵する影。

 前も何も今が全てだとは口が裂けても言えなかった。

 細身の影は、初めて着る提督の服がとても似合っていた。

 格好だけで言えば、もう一人前の提督である。


「では時間的には少し早いですが、鎮守府に行きましょうか」

 そのまま影は赤城に全てを任せて一緒に鎮守府へと向かった。


 鎮守府に着くとすでに多くの艦隊少達が集まっており、会うたび会うたび沢山の視線が影に向けられた。こうなると自分が周りにどう映っているのか? 本当に自分が提督で大丈夫なのだろうか? と内心不安になってしまった。それを知ってか知らずか前を歩く赤城が時折立ち止まり、ソワソワしながら歩く影をさりげなく待ってくれる。


「はい。とりあえず着きましたよ。執務室です」


「うん」

 そのまま執務室の中に入る影。

 執務室には机とテーブル、ソファーに本が入っていない本棚と前任の人が使っていた私物以外の物がそのまま残っていた。まぁ何はともあれここにいれば人目がないのは事実なわけでようやく安心できた影は大きくため息を吐いてからソファーに腰を降ろす。


「……はぁ、めっちゃくちゃ緊張した」


「ウフフ。提督ってホント素直な時は素直ですよね」


「あぁ、ゴメンね。ココでの俺は提督で赤城の前でもしっかりしてないとだったね」


「別に構いませんよ。人間息抜きも大事ですから」


「赤城は優しんだね。そう言ってくれると嬉しいよ」


「はい。もし良かったら少しお時間がまだありますので肩でも揉みましょうか?」


「いいの?」


「はい」


 赤城は返事をすると、影がいるソファーの後ろに移動する。

 そのまま両手を使い、影の肩を揉んでいく。

 赤城の指の腹がしっかりとツボに入り。

 女性の力では少しか弱いかとも思ったがその心配は無駄に終わった。

 力加減も程よく最高に気持ち良かった。


「あぁ~気持ちいいぃ~」

 あまりの気持ち良さに心の声がつい口から漏れるが今更赤城に見栄を張っても無駄だと思い気にしない事にした。


「力加減とかは大丈夫ですか?」


「うん」


「提督?」


「なに?」


「この後の演説では嘘でもいいので少しは見栄を張って自分をよく見せてくださいね」

 演説とか何も聞いてないけどと言いたかったが、着任式なのだから軽い挨拶と一緒にその場に合わせて適当に言えば何とかなるだろうと思う事にする。ここまで来た以上慌てた所でどうせ何もできないのだから。


「……わかった。そこそこに頑張ります」

 半分以上諦めが入った言葉で返事をする。


「なら私との約束ですよ」


「……はい」



 フェルト島――鎮守府大広場。

 執務室を出て少し歩くと、人工芝と針葉樹で作られた大きな広場が視界に入って来る。

 そしてその広場には沢山の艦隊少女、そして通信室や裏方として働く少女達が沢山いた。

 百人、二百人とすぐには数え切れない人の数。

 新しい提督の着任を見ようとわざわざ集まってくれたのか。

 それは前提督の後を引き継ぐものへの期待感。

 失敗は許されない状況かでの提督の交代。

 着任前日には内容はどうであれ、敵水雷戦隊を早くも撃退したと言う実績。

 今、提督代理の赤城と一緒に姿を見せる。

 新しい提督、影。


「これでも等身大で行きますか、影提督?」


 赤城は影だけに聞こえるようにボソッと呟く。

 その表情はやれるものならやってみろと言わんばかりの自信に満ちた表情だった。

 ここまで来れば、緊張を通り越してある意味気楽になれる。

 これだけの人を前に自分を偽り続けること等、影には出来ないのだから。

 ならどうせバレて失望されるぐらいなら……と開き直る。

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