第40話 格が違う

 三体の巨人を相手にゴリアスは善戦していた。

 その要因は、肉薄しての超近接戦闘。

 ゴリアスの得物であるハルバードは二メートルを超える武器であり、本来そこまで近付く必要はない。近過ぎるが故に動きが制限されているくらいであった。


 だがそれ以上に、巨体を誇る相手は攻撃手段が限定される。

 さらにゴリアスが同士討ちを誘う動きをする事で、一対三という数的不利を軽減させていた。

【駆け引き】と【技術】は、日夜研鑽を積んだ人間だけの強さと言えるだろう。


 それでも、優劣をひっくり返せるものではない。あくまで攻撃を避ける事に比重を置いているからこその善戦に過ぎなかった。

 ゴリアスが一撃必殺といかないのに対し、相手の一撃は致命傷になり得る理不尽さ。集中力を研ぎ澄まし、一瞬も気の抜けない極限状態が続く。

 賞賛に値する善戦を続けてきたゴリアスに、ついに限界が訪れる。


 ――あの子に、悲しげな顔をさせてしまったな。


 ふと脳裏に浮かんだ、涙をこらえて微笑む姪の顔。

 張り詰めていた気が、僅かに弛緩した。


「がはっ!!!!!!」


 体がバラバラになるような衝撃。強烈な一撃をいなしそこない、吹き飛ばされてしまった。

 ハルバードを支えに立ち上がったゴリアスは、手の甲で口元の血を拭う。

 三体の巨人は畳み掛けるでもなく、さながらネズミを狩る猫のように、余裕の笑みを浮かべて獲物を見据えていた。

 

「年貢の納め時かのぉ」


 ゴリアスは自分に問いかけるように呟いた。

 これまでに蓄積した疲労と痛みが一気に押し寄せ、あれほど軽く感じたハルバードが、いまや両手で構えるにも難儀する代物と変わり果てている。

 霞む視界の先で巨人が動く素振りを見せた直後、足裏に振動を感じた。

 それは次第に大きくなり、気付いた巨人どもも訝しげに顔を見合わせている。

 次の瞬間には、巨人の足下の地面が噴火したかのように弾け飛んだ。

 宙を舞った三体の巨人は、背中から地面に叩き付けられる。


「くっ、ワームだと!?」


 地揺れの正体である乱入者に、ゴリアスは目を見開く。

 地表から十メートル程、成体であればおよそ全長の三分の一を晒して、ワームが暴れまわっているのだが。


「なんだ? 何やら様子が……」


 巨人を獲物と定め、地中から急襲したのはワームの攻撃原理に適っている。その後、追撃としてその長大な体躯を使って打ちつける攻撃も。

 だが目の前のワームは、どうも獲物を狙っているようには見えない。それよりかは闇雲に、自らを痛めつけるかのように体を地面に打ちつけている。

 巨人どももその暴れっぷりに戸惑い、遠巻きにして難を逃れる事しか出来ないでいた。

 

 だが唐突に、それは終わりを迎える。

 地中深くで、どんっと短い振動があったかと思うと、垂直に伸び上がったワームが固まったかのように動かなくなった。

 数瞬後、ゆっくりと傾き始めた巨体は次第に速度を増して地面に倒れこみ、盛大な地響きと土埃を舞い上げた。


 ゴリアスと巨人を遮断するように横たわるワーム。

 警戒しつつゴリアスが頭部側へと回り込むと、ちょうどワームの大きな口が不自然な形に開けられた。


「!?」


 その隙間からモゾモゾと出てきたのは人の足。続いて女性らしく丸みを帯びた臀部が姿を現す。

 見覚えのある後ろ姿が、地面を探して空中に足を彷徨わせている。

 きしむ体に鞭を打ってゴリアスが駆け寄ると、ワームの体液で滑ったのか、つるりと全身が抜けて落下した。


「わっ!!」


 ゴリアスは、短い悲鳴を上げて落ちてきた少女をハルバードを放り出した腕で受けとめた。

 その衝撃で全身に激痛が走るが、声を上げないのは男の矜持か。

 ぬけぬけと「重い」と口走る、どこぞの目つきの悪い銀髪男とは、男としての格が違うようだ。


「ナズナ、無事か?」


「あれ? ゴリアス……叔父様?」


 ナズナは思わぬ再会にきょとんとしている。

 頬が上気し、瞳が潤んでいるのを除けば、特に怪我をしている様子はない。

 安堵の表情を見せるゴリアスの横に少年が降り立った。

 銀髪紅眼、頭には煌く二本の黒い角、黒衣を纏った目つきの悪い少年。

 年の頃は十五才くらいにしか見えないその少年が、ゴリアスを見上げて言った。


「なんだ、筋肉のおっさんか。さっさと降ろした方が良いぞ、そいつ重い・・だろ?」


 この少年、強さに関しては最上級だが、男としてはやはり底辺であった。

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