第10話 森の気分は移ろいやすい

 ――まずはライアルさんとボクで、魔物を引き付けます。


 鎧を纏った人間が一人。その後ろにもう一人。

 のこのこと現れた新たなエサが、魔物同士のつばぜり合いを中断させた。

 

 マッドウルフが素早く身をひる返し、一足先に駆け出した。

 グリズリーは、怒りをあらわに咆哮する。獲物は全て自分のものだと言わんばかりだ。

 大人しく譲る気配は微塵もない。


 ――人数が少なければ躊躇ちゅうちょなく襲いかかってきます。射程範囲に入ったらライアルさん、お願いします。


「かかってきたまえ、魔物ども!」


 威勢の良い掛け声に乗せて、ライアルが剣技【威圧】を発動させた。魔物の意識がライアルへと引き付けられる。


【対象の意識を強制的に自分へと向けさせる】という点では魅了の魔法に似ているが、こちらが向けられるのは強烈な敵意である。


 ――【威圧】を受けた魔物は凶暴性が増す分、思考能力は大幅に低下します。  

 攻撃も単調になるでしょうから、そこをリーバスとメグの魔法で絡め取ります。

 あとのお二人は、その隙に救助者の確保を。


 ライアルがタワーシールドに身を潜めた。

 マッドウルフは、それを嘲笑あざわらうかのように、高々と身を躍らせた。


「リーバス!」


 マッドウルフは、血を撒き散らしながら舞っていた。

 難なく飛び越せる、そう踏んで地を蹴った直後、視界を塞ぐ壁が出現していた。

 そのスピードが仇となり、ぶつかった衝撃で意識がとぶ。


 マッドウルフを弾き返した壁の正体は、【大地の盾】。身を隠しているリーバスが、ナズナの合図で発動させた魔法だ。

 詠唱を終え、あらかじめ待機させておいた魔法なら、タイミングを合わせるのもそう難しくはない。

【威圧】で思考の鈍った相手であれば尚更だ。


 もう一体のマッドウルフは、およそ三メートル四方に隆起した、土壁の直前で踏みとどまった。

 入れ替わるように頭上を舞った仲間を追って振り向くと、その視線の先で、追ってきていたグリズリーによって仲間の頭が踏み抜かれた。

 その光景が、マッドウルフに少なくない動揺を生む。

 

 それを見透かしたようにグリズリーが咆哮を叩きつけ、マッドウルフの体は強制的な硬直をきたしてしまう。

 そこへ、グリズリーがマッドウルフを緩衝材として、土壁へと全力のぶちかましを敢行した。

 肉と骨が圧し潰される音と、土の音が響き渡った。


 リーバスの魔法で形成された土の盾は、メグが氷結魔法を重ねる事でその硬度を数倍に増していた。

 そこへ全速力で押し寄せたグリズリーの巨体でプレスされては、マッドウルフもたまったものではない。死を感じる間もなく絶命したのが、せめてもの救いと言えるだろうか。


 グリズリーも流石にノーダメージとはいかなかった模様で、マッドウルフの血と臓物によって赤く染まった頭を左右に振っている。

 ふらつく視界に獲物を捉えた時、既に勝敗は決していたのだが、グリズリーはその事にまだ気付いていない。


 自分のエサとなるべき人間が、わざわざ向こうからやってくる。鎧に身を包んではいるが、こいつも首の骨を折ってしまえば簡単に死ぬ。そう、右腕を一振りすれば――。

 

 そう考えたグリズリーは右腕を振り上げようとして、それが出来ない事に戸惑いを覚える。右腕どころか、四肢が一本も動かせない。

 グリズリーの四肢は膝まで地中に沈み、凍土に固定されていた。


 目の前まで近付いた人間が、両手で握った剣を高く構える。

 鈍い光を放つ剣を睨み付けたまま、グリズリーは全力で腕を引き抜こうとしているが、四肢が解放される様子はない。

 最後の足掻きとばかりに咆哮したグリズリーの額へと、剣が振り下ろされた。

 視界が真っ赤に染まったグリズリーの意識は、ゆっくりと薄れていった。


「上手くいったな。俺の土魔法は完璧だったろ? 形状変化はお手のもんだぜ」


「それを言うなら、どちらも絶妙なタイミングで重ねた私の氷結魔法をっ、誉めるべきだわ」


 リーバスとメグが姿を見せ、顔を付き合わせながら、既に息絶えたグリズリーへと近付いてきた。


「落ち着きたまえ。キミたちのお膳立てもあって、この私の見事な一撃で勝利を掴んだのだ。二人とも素晴らしかったという事で良いじゃないか。まぁ、そのお膳立てにしても? この私のっ、【威圧】があってこそと言えるがな」


「「その言い方!」」


 上から目線なライアルの物言いに、リーバスとメグの抗議の声が重なった。

 そこに【大地の盾】発動と同時に、ライアルに連れられて後退していたナズナも合流する。

 張り合う三人から、「さぁ、褒めて!」と期待のこもった顔を並べられたナズナは、少しだけ困ったような表情を浮かべている。


「みんなお疲れ様。リーバスの土魔法もメグの氷結魔法も凄かったよ。タイミングも、二人の息もバッチリだったし。ライアルさんもお見事でした。でもまずは、救助者――ね?」


 ナズナの言葉に、三人はバツの悪そうな顔でそれぞれに反省の言葉を口にした。

 三人と一緒に歩きながら、ナズナは小さな笑みをこぼす。

 張り合ったり、反省したりする三人の姿が、孤児院のかわいい弟や妹たちと重なったのだ。戦闘の緊張感から解放されたというのも大きいのだろう。


 位置を知らせに出てきた救助役の男性騎士が、か細い声で「お疲れ様」と一言ねぎらいの言葉をかけただけできびすを返した。

 その様子に何となく引っかかるものを感じたナズナたちは顔を見合わせる。

 

 奥へと付いて行ったその先で、寝かされている救助者と、その前で片膝立ちになって祈りを捧げる女性騎士が待っていた。

 彼女は肩越しにナズナへと視線を送ると、その顔を二回、左右に振ったのだった。

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