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 大気をつんざく雷鳴が轟き、次いで大地が慄いているかのように、鳴動を始める。身体が小刻みに上下に揺さぶられる感覚に、はっとアーキェルは目を開けた。


(……いつ、落ちたんだ?)


 束の間途切れていたらしい意識が瞬時に覚醒し、けたたましい警鐘が、頭の中で鳴り響く。

 つい先程まで、自分はシェリエの背を借りて、空を飛んでいたはずだ。にもかかわらず、今、地面に横たわっているということは――。


「シェリエ! 無事か?」


 ――天地を貫いた、巨大な光の柱。

 目で追うことこそ敵わなかったものの、黒き龍を射抜いたはずの真白き槍が、おそらくこちらに跳ね返されたのだ。


(……あの光をまともに浴びて、俺が生きていられるはずがない)


 アーキェルが、未だに人の形を保つことができているのは――何らかの手立てで、シェリエに護られたからに違いない。

 居ても立ってもいられず、跳ねるように身体を起こしたその時、星辰のごとく澄んだ声音が、静かに大気を震わせた。


『……騒ぐな。大過ない』


 粉塵にまみれてはいるものの、陽光に淡く瞬く白銀の毛並みは、未だその輝きを失っていなかった。土埃を払うように両翼を広げたシェリエは、こちらに視線を移すことなく、黄金色の双眸を鋭く細めたまま、ただ一点を見据えている。


 濛々と立ち込める砂煙の向こうに、平然と聳え立つ――黒き龍の、姿を。


(……何だ?)


 ふと微細な違和感を抱き、警戒の体勢は緩めぬまま、相手をつぶさに観察する。

 ……緋い瞳の無機質さに、変わりはない。だが、その眼は、確かに自分と竜姫シェリエを、見つめているかのように思えた。


(探している、のか……?)


 血赤の双眸に、自我の片鱗を無意識に求めた直後、凛としたシェリエの声が、アーキェルを現実に引き戻した。


『アーキェル、これは一旦お前に預ける。……試してはみるが、


 言葉の真意を尋ねる前に、シェリエは水のごとき流麗な動きで、瞬くうちに黒き龍に迫っていた。どこからともなく現れた白剣の柄を、反射的に掴み取って後を追い、アーキェルが大地を蹴った、その刹那。



 ――空が、割れた。



 そう錯覚するほどの衝撃波が大気を伝い、遥かな蒼穹まで至った結果、漂う白雲が消し飛んだのだ、とかろうじて認識する。

 シェリエが鞭のごとく尾をしならせ、黒き龍に振り下ろした瞬間までは、どうにか目にすることができた。……問題は、その後だ。


(――もし呑み込まれそうになったら、ってことか!)


 遅ればせながら理解が及び、ぞっと肝が冷えた。

 黒き龍の能力が未知数である以上、相手に触れれば、こちらの身体が吸収される可能性も捨てきれない。すなわち黒き龍は、竜姫をして多少の犠牲は止む無し、と認めるほどの強者だということだ。

 剣を抜き放ったアーキェルが、固唾を呑んで見つめる中――果たして竜姫の一撃は、黒き龍の手前で、漆黒の光に阻まれていた。


『……直接攻撃をしても通じない、ということか。厄介だな』


 尾を黒く焦がしたシェリエが一旦退き、あの城にかけられていたものとは比べ物にならないほど凶悪な結界だ、と独りごちるように呟く。

 と、不意にシェリエの身体が霞のごとく掻き消え、白銀の光に包まれた――と思った次の瞬間、幻想の世界から抜け出てきたかのような、可憐な少女が姿を現した。


「どうして、人間の姿に?」

「あの黒い光の正体は、強力無比な対竜結界だ。龍の姿のままでは、一切合切攻撃が弾かれるようだからな」

「なるほどね。……今度は、俺が行く。もしあの結界が斬れたら、まず胴体にでも、一撃お見舞いしてくれるか?」

「わかった」


 短い会話を交わしつつも、黒き龍の視線が、シェリエを見失ったかのように彷徨ったその隙を、アーキェルは見逃さなかった。

 全力で大地を踏み込むと同時、翠風に背を押されて一息に距離を詰め、裂帛の気合を乗せた白剣を、最速の軌道で奔らせる。


(――――!)


 鋭い銀閃が、蠢く漆黒の結界を断ち斬り――血に塗れた黒き龍の体表が、ついに姿を覗かせる。すかさず白炎を纏った拳を振りかざしたシェリエが、流星のごとく結界の切れ目に飛び込んだ、その刹那。



 黒き光が、華奢な身体を――深々と貫いた。


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