パート戦士のバイト供養話

@ie_kaze

全ての始まり

大学から家に帰宅すると、大学名義の封筒が自宅あてに届いていた。

3月の頃に届くその封筒の正体が何かは、私が一番よく分かっていた。

手に持って、裏の宛名をのぞき込んでみれば、そこにあったのは教務課の判子文字、それだけでこの封筒がなんなのかは一瞬で理解してしまい、その瞬間に全身から冷たい汗が漏れ出た。


封筒を受けとるより前から、その内容については既に知っていた。初めてその事実を認識した時は、何度も何度もパソコンで確認したが、何度見直してもそこに記されている結果が変わることもなかった。

そしていつしか通知がくるだろうと不安に駆られながらも、心を平穏に保とうとこの事実を忘れていたのだった。

現実を忘れることなどできなかったのだと、その瞬間に自分が逃げていたことを突き付けられたのだ。そんな残酷な現実がいまこの手の中にこじんまりと収まっている、逃げることができないなんてことは自分が一番分かっていたのに。

封筒の中に書かれているであろう内容は見るまでもなかった、そして一番見たくないものでもある、だけどそれで済まされる問題ではない。たとえ封筒を切ったらこの世が終わるとしても逃げることはできない。


すぐ後ろには親が構えていた、腕を組んで仁王立ちをしている。その結果が出た時からある程度の話はしていた。その時のような悲壮感は既にない、いま無言で立つその姿には強い圧力と無言の怒りのようなものを感じていた。

背中を焼かれているかのような気分になり、そんな状態からすぐさま逃げたいという気持ちで封筒の隙間に指を入れて破った、ペーパーカットなんて高尚な物はない、切り口が汚くなることもお構いなし、さっさと出して、できる限りその場から逃げたかった。それが火の中に飛び込む行動だと分かっていても。


封筒から出てきたのは二枚の紙、一枚目に記されていたのは格子上の表に数字と文字が記してあるもので、可と優の文字が8:2くらいの割合で散見されるものだった。そしてその表は10割に満たない、一番下にある項目だけに赤い数字と不可の文字が打たれていた。

おのずと二枚目が何の紙か分かった、留年を告げる紙だった。


「やっぱり」

思わずそんな言葉が口から漏れ出した、その様子を見て、後ろに立っていた母は察したようでもあった、前もって留年してるかもしれないといった事実は既に伝えていた。

「うん、やっぱだめやった」

絞り出すように私がそう告げると、母は大きなため息をついた。私にとっても、前もって話をしていたとしても、その事実が物体として送られてくるのとでは感じ方が格段に違っていた。

「他のは」

母が言っているのは恐らく他の単位についての事だろう、そこで改めて成績表を確認してみたが、不可の文字はその一つだけだった。そのことも前もって自己採点をしていたので知っていることだった。母は少しだけ考えるそぶりをした。

「じゃあその、進級試験ってやつだけってこと」

そう確認を取ってきた。他の教科は全て合格していたが、この進級試験だけを落としていたが、その確認がやけに胸に突き刺さる。


その日の夜、家族で話し合いをした。我が家は裕福な家というわけでもなく、留年すれば当然家計が厳しいものとなる、ましてや薬学系の大学は国立であれば問題がないが、私立は異常に学費が高い。

通う人間は普通であれば医者の息子だったり、それなりに裕福な人間が通うような場所らしいのだが、私はそれなりに無理をしてこの大学に入っていた。奨学金ももらいながら学費に充てていたくらいだった。

当然ながらそのまま来年も通わせるわけにはいかないという話になった。だが大学も5年生、あと1年で卒業できるかどうかというところで辞めるにはあまりに失う時間も金もでかい。そして何より、私の生活で一生退学したのだという事実が心の中に残るだろうという確信があった。

「あんた、まだ辞めたくないね」

怒りを通り越し、消沈状態のように見える母にそう言われた。あと1年で卒業できる、いま辞めれば5年間が金と一緒に消えるのだと思うと、辞めるなんて選択肢は私の中にも母の中にも残っていないようだった。

唯一の救いだったのは、進級試験以外の教科は全て合格しているということだった、これがなかったら恐らく私は大学を辞めさせられる方向に進んでいたに違いない、そんなことを考えていると。

「働いてお金を入れてもらうよ」

そういった条件が親からでた、私が大学を続けるための最低条件は、アルバイトをして、少しでも家にお金を入れるということだった。

そしてこのことが、全ての始まりでもあった。

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