19.これって何の時間

「着替えたけど、これでいい?」

「はい、やっぱり有栖川さんが着ると全然違いますね! あっ、一枚撮るのでこっち向いてください」


 土曜日の朝九時頃の出来事、桜田と楓の二人と遊ぶ約束をしていた私は何故かその二人を前にやたらフリフリの付いたメイド服を着て、ポーズを決めていた。

 これってあれなの? さっき私が桜田をからかったからその罰を受けたって言うの?

 確かにやると言ったのは私で、撮られること自体に抵抗はないけれどそれでもなんだか納得がいかないのでとりあえず桜田を睨んでおく。


「有栖川さん、そんなに怖い顔だとせっかくお似合いの衣装が台無しです。もっと笑ってください」

「ああ、はい笑えばいいのね……これでいい?」


 すっかりカメラマンの顔になった楓にそう言われ、内心少しモヤモヤしながらもいつもの完璧美少女スマイルをする。


 それにしてもいつもより桜田が静かな気がするのは気のせいか。

 さっきから彼は私の顔をじっと見ているだけで私がポーズを決めても何の反応も示さない。相手が普通の人だったらただ私に見惚れているだけだと解釈出来るが、その普通に彼はきっと入らない。

 だとしたら一体何で私をじっと見てるんだと考えたところで一つの心当たりが頭を過った。


 そういえば目の下にクマが…………!?


「ちょっと待って楓!」


 急いでカメラを構える楓に待ったをかけ、慌てて両手で顔を隠す。


「は、はい! いきなりどうしたんですか?」


 私の声の大きさもあってか楓の手はピタッと止まる。危ない、もう少しで私のみっともない姿が半永久的に彼女のカメラに残るところだった。


「いや……ちょっとね。私から言ったことであれなんだけどこれって本当に今日やらないと駄目かな?」


 ここぞとばかりに相手の庇護欲を煽るような声で楓に訴え掛ける。今はどんな手を使ってでも撮影を阻止しなければならない。


 そうした私の思いが彼女に届いたのか、咄嗟のお願い

にも関わらず彼女は少し考えるような仕草を見せたあとすぐに構えていたカメラを下ろした。


「……分かりました。有栖川さんがそこまで言うなら仕方ないです。確かにいきなり押し掛けた上に撮影まで迫るなんて少しやり過ぎたかもしれません、すみません」


 楓はそれから少し残念そうに顔を俯かせる。その姿はまるで餌をもらえなかった犬のようで可哀想に見えるが、今日は目の下にクマがあるのだから仕方がない。

 彼女には悪いが、撮影はまた今度にしてもらおう。撮られるのはやはり私が完璧な状態であるときの方が好ましい。


「ううん、私の方こそごめんね。今度絶対に付き合うから。でも次はもっとまともな服でお願い」

「そんなにメイド服は嫌でしたか?」

「いやどちらかと言うと桜田君に対する配慮かな? 彼には少し刺激が強すぎたみたいだからね」

「え、俺か?」


 いきなりの問いかけに桜田は驚いた声を上げる。

 まぁ彼に驚いてもらうためにいきなり声をかけたのだから寧ろ驚いてもらわないと困る。

 さぁ桜田よ、私に困った顔を見せてくれ。そうすれば少しは私の気分も晴れよう。

 私の邪なる心は現在彼が赤面しながら困る姿を求めていた。


「……そうだな、確かに俺には刺激が強すぎるかもしれん。その服、露出が激しすぎて正直顔しか見れない」


 だがしかし、返ってきた反応は恥ずかしそうに頬を掻く桜田の姿。

 違う、そうじゃないだろ。確かに赤面はしているのかもしれないが困り顔ではないし、何よりこれだと……。


「そ、そう。桜田君って私のメイド服姿を見て、そんなこと思ってたんだ。意外だね」


 私も普通に恥ずかしい。まぁ確かに胸元はバッサリ開いているし、スカートもかなり短めだけれども。

 ここは『違う、そんなことはない』とか言って分かりやすく動揺するところだろう。それがなんでちょっと素直になってるんだ。


 恥ずかしかったせいもあって、しばらく私は桜田の方を見れなかった。

 微妙な空気が流れる中で時計の秒針が進む音だけが私のもとに届いてくる。


 一体どれだけ時間が経っただろうか、いつの間にか誰かこの空気をどうにかしてくれと内心願うようになった頃、ついに楓がこの空気に耐えきれなくなったのかいきなり大きな声を上げて話し始めた。


「あっ! えーともうすぐ十時になりますね! 早く準備しないとですよ!」


 明らかに棒読みであるが、今はそんな楓の言葉がありがたい。私も彼女に便乗するように口を開く。


「そ、そうだね。じゃあ私着替えてくるね」


 一刻も早く、この場所から離れたいという思いからか私は咄嗟に着替えを申し出る。

 だがそんな私を桜田は突然呼び止めた。


「いやその……さっきのは別に似合ってないってことじゃなくて、寧ろ似合っているって意味だからな」


 まさかの追い討ち。

 いやもう良いよ、さっきの言葉で十分伝わってきたよ。

 内心そう思うも、桜田には私の気持ちなど伝わるはずもなく渋々私は言葉を発することになる。


「分かってるよ、そんなこと。私に似合わない服なんてあるわけないでしょ。ね、楓?」

「そ、そうですね。有栖川さんは何を着ても似合いますもんね」


 それにしてもなんなんだこの重々しい空気は。

 いくらか明るくしたつもりだったが、それでもまだこの嫌な空気は残っている。もしかして友達を初めて家に上げた時って絶対こんな空気になるの?

 流石に私もそろそろ耐えられなくなってきた。


「じゃあそういうことだから」


 だから私は早々にこの場を離脱することにした。

 あとはこの二人に重くなった空気の改善を任せよう。

 頑張れ、二人とも。

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