10.謎の三角関係

 放課後の教室、私が楓で遊んでいたときのこと。私の前に全く予期していなかった人物が現れた。


「それでそっちは何をしに来たの? 桜田君」

「俺はただ忘れ物をしたから取りに来ただけだ。見つけたらすぐに帰る」


 相変わらず無表情で淡々と言葉を発する彼の話を聞いていると私の左横から並々ならぬ警戒のオーラを感じた。

 見るとそこには必死に桜田を睨み付ける楓の姿、そういえば彼女にはまだ何も説明していなかった気がする。


「えーと楓、この人は私の友達の桜田伊織君だから、そんなに警戒しないで大丈夫だよ」


 楓の心を落ち着けるように優しくゆっくりと言葉を掛けるが、彼女は一向に警戒心を緩めない。


「そんなことじゃ駄目ですよ、有栖川さん。男は絶対に信用しちゃ駄目です、絶対に!」


 男に対して何か恨みでもあるのかと思ってしまうほど警戒心剥き出しの楓に私はこれ以上何も言えなくなる。

 だがしかし桜田が責められているこの状況、私の心情的には案外悪くない。


「そっか男は信用しちゃ駄目なんだね。桜田君はどう思う?」

「どう思うってなんでそこで俺に聞く?」

「なんとなくだよ。それでどうなの? 自分で自分を信用出来る人だと思う?」


 私の質問に対して桜田はすぐに首を横に振る。続けて彼は私の目を見て言った。


「俺は少なくとも有栖川に危害を加えたりしない。俺の大切な友達だからな。だからってわけじゃないが有栖川から見て俺はきっと信用出来る人だと思う」

「そ、そう……」


 桜田の口から発せられたストレートでかつ恥ずかしい言葉に狼狽えてしまうが、表情には出ないよう必死に堪える。流石の私でもなんとなくで聞いた質問に対してこんな返事をされたときの対抗手段までは持ち合わせていなかった。

 からかってやろうとしたつもりが逆に返り討ちに遭ってしまうなんて恥ずかしい話だが、ここは私の方が引かなければ恥ずかしい思いをするのは私自身だ。


 またもや彼に負けたような気分になっていると、いつの間にかに私の左隣にいた楓が桜田に対して口を出していた。


「そこまで自分が信用出来る人だって言うんだったらしっかり、かっちり証明して下さい。そうですね……じゃあここで三回まわってからワンって言ったらあなたを認めてあげます。どうですか?」


 それは流石に桜田のプライド的な問題で出来ないだろう、とそう思ったのだが……。


「分かった、ここでやれば良いのか?」


 彼は楓の無茶振りを特に考える素振りもなく承諾する。まさか桜田がこんなお願いを聞くなんて……。

 撮影はOKなのだろうか。許可は得ていないがとりあえずこっそり携帯のカメラを起動する。


「……じゃあやるからな」


 そう宣言した桜田はそれから脇を閉めてクルクルクルっと体を回転させる。そして三回転するとピタリと止まって無表情で一言呟いた。


「……ワン」


 桜田が回る姿はあまりにも華麗で綺麗だった。……って違う、そうじゃない。私が期待していたのはもっとぎこちなく回転する彼の姿だ。これでは笑ってやるどころか逆に凄いという感想しか出てこない。

 それにしてもあの回転、小さい頃にアイススケートか何かでもやっていたのだろうか。


「これでいいか?」


 私が桜田が過去やっていたスポーツについて考えを巡らせていると、いつの間にか桜田が楓を見下ろし、それに対して楓がぐぬぬと唸るという構図が作り上げられていた。


「くっ、仕方ないですね。仕方ないですが認めてあげましょう。仕方ないですが」


 仕方ないを連呼する楓の焦った様子を見る限り、本当にやるとは思わなかったのだろう。実際私も本当にやるとは思わなかった。


「そうか、それなら良かった」

「でも勘違いしないで下さい。私が認めたのは信用出来る人かどうかで有栖川さんの友達っていうのはまだ認めてませんから!」

「それも何かで証明出来るのか?」

「それは……後で考えておきます!」


 認めないとか言ってるのにちゃんとチャンスは与えるんだとかどうでもいいことを思った後、すぐに自分の立場を思い出す。

 さっきから勝手に話が進んでいるがこれは確か私のことについての話なのだ。

 私は勝手に話を進める二人にとりあえず待ったをかける。


「ちょっと待って二人共、話がややこしくなるから勝手に話を進めないでくれる?」

「……それもそうですね、すみません。聞きましたか、今の友達を証明するどうこうの話は全部無しです。残念でしたね、えーと……」

「桜田だ」

「そうです。そう言おうと思ってたんです、桜田」


 この二人を相手にするのは疲れるが仕方ない。これも全部私が招いた結果なのだから。


「その話なんだけど、一旦全部私から説明させて」

「そうしてくれ」


 それから私は桜田と友達になった経緯について事細かに話した。時折嘘を交えながら、そして平然と嘘を付く私に何か言いたげな桜田を視線の圧力で黙らせながら話した。

 そうした結果、嘘九割の話が出来上がってしまったがこれは致し方ないことだろう。


「そうだったんですね。この男、いや桜田にそんな悲しい過去があっただなんて。でも安心してください、これからは私も桜田の友達になってあげます。だから友達に裏切られて、親にも愛されなかった過去は綺麗さっぱり忘れましょう」


 楓が大号泣しているがこれも致し方ないことなのだろう。だがそれでも話を盛りすぎた感が否めない。

 ごねんね、と桜田に渾身のウインクを送るも彼はずっと無表情でまるで私を咎めているような、そんな気がしてならなかった。

 だがそれは私の思い過ごしだったようで彼はそれから私の目を見て首を縦に振り、楓の方へと向き直る。


「そうしてくれると助かる」

「いえいえ、これくらいお安い御用です。そうです、これからは三人で登下校をしませんか? きっと楽しいと思います。有栖川さんはどうですか?」


 自分の首を絞めるとはまさにこの事を言うのだろう。どう考えても断れる状況ではない。


「そうだね、きっとその方が良いよね。桜田君はどうかな?」

「そうでした、桜田にも聞かないとですよね」

「俺はそうしてくれて構わない」


 まさかこうなることを予測してあえて私の嘘を指摘しなかったのだろうか。もしそうだとしたら中々の策士である。


「でも桜田君の家と私の家、逆方向なんだよね」

「それなら大丈夫だ。有栖川のアパートの一階にちょうど来週から引っ越すことになってる」


 何それ、初耳なんだけど……。


「だったら一緒に登下校をするのは来週からにしましょうか」


 なんだか先回りされているようで怖い。偶然にしても出来すぎている。

 まさか計算していたなんてこと……流石にそれは考えすぎだろう。

 きっと偶然だと思うことにして私は考えるのを放棄した。

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