6.美少女による華麗なる買い物②

 一先ず安藤千花から隠れることに成功した私達はスーパーでの買い物を再開していた。

 彼女が去ったことでようやく落ち着いて買い物が出来る。そう思っていた矢先のことである。


「なぁやっぱり有栖川が豆乳を買おうとしたのって……」

「桜田君! そういえばお米はまだ買ってなかったよね。さぁ早く買いに行こう!」


 私は現在新たな問題に直面していた。

 問題、それは安藤千花が買い物を済ませ店を出た後でさえ、この男が私の豆乳購入理由を問い詰めてくること。いやこれが問題かと言われれば、世間一般的には問題でないのかもしれないが私にとっては完璧美少女という地位を揺るがす大問題だった。

 とにかくこの男がデリカシーをどこかに置き忘れてしまっているということだけは言わせて欲しい。


「まぁ認めたくないなら俺はもう聞かないが」

「認める認めないって何の話なのかな? もしかしてお米のブランドの話? 桜田君はかなりお米のブランドにこだわりがあるんだね、スゴーい!」

「いやお米のブランドのことはそんなに気にして……」

「だったら今回のお米はお米ブランドマイスターである桜田君に任せちゃおうかな!」

「お米マイスターってなんだ?」

「それはもちろんお米についての知識が豊富な人のことだよ。それとお米ブランドマイスターね」


 正直この男がお米マイスターでも、お米ブランドマイスターでも、さらに言ってしまえばお米ブランドですらどうでもいいが、話を逸らすことには成功した。流石私だ。


「そうか、お米ブランドマイスターか。分かった。じゃあ、お米は俺が選ぶ」

「よろしくね」


 それからお米コーナーに着いた私は桜田がお米を真剣に選ぶ様を少し離れたところから眺める。

 別に見たいわけではないが他に見るものもないのだがら仕方ない。それにしても……。


「……変な男」


 桜田を眺めているとふと思っていたことが口から漏れるが幸い彼には聞こえていないようだ。

 しかし、よくよく考えても本当に彼は変な男だ。私の本性を知らないのならまだしも、彼は既に私の本性を知っていて、さらにはそんな私を肯定してくれている。普通に考えればあり得ない話だ。


「でもなんだか懐かしい感じがするような……」


 真剣にお米を選ぶ彼の姿が妙に懐かしく思えて、しばらく頭の中の記憶を探っていると、いつの間にかにお米を選び終えたらしい桜田が戻ってきていた。


「懐かしい? まぁいい、それよりもお米を選んで来た」

「そう? ありがとう、桜田君」

「じゃあこれで買い物は終わりか?」

「そうだね、予想していたよりも時間かかっちゃったけどこれで終わりだよ」

「そうか、だったら良かった。これ以上荷物が増えると重いからな」


 これ以上荷物が増えると重いということは桜田が全ての荷物を持ってくれるということなのだろうか。


「まさか家まで荷物全部持ってくれるの?」

「それを見越してお米を買ったんだろ?」


 まぁ確かに結局買った物を全て持ってくれることを見越してはいた。というか何も言わなくても荷物を持たせるつもりではあったが、桜田が自分から持つと言い始めるなんて思わなかった。


「そんなことは決してないけどそこまで言うんだったらお願いしちゃおうかな」

「そうか、でも良いのか。有栖川は家を特定されるの嫌なんだろ?」


 確かに荷物を持ってもらうということは私の家の特定に繋がる。別に考えていないわけではなかったが桜田を買い物に同伴させた時点でそれは覚悟していた。

 そもそも家を特定されたくなかったのは私という完璧美少女を前にして頭が沸騰した人達からの被害を受けないようにするため。流石にプライベートな空間までもがそいつらに侵食されたら普通に私は生きていけない。

 だから特定されたくないのは私に下心を持った人だけで、私に対して下心が全くなさそうな彼ではない。

 それにないとは思うが万が一にもこの男が変な真似を始めたら警察の力を借りるだけの話だ。


「桜田君なら良いかな」


 なんとなく人畜無害そうな雰囲気を纏っている目の前の男を見て私は笑顔を湛える。


「分かった、でも安心してくれ。俺は有栖川の家が分かっても他の人に言いふらしたりはしない」

「言いふらしたりするような相手がいないの間違いじゃないかな?」

「確かにそう言った方が正しいのかもしれない」


 咄嗟に素が出てしまったが桜田は気にする素振りも見せない。彼のそんな様子を見る限り、本当に私の性格については何も気にしていないのだろう。


「ごめん、桜田君。今のは少し言い過ぎたかもしれない。気にしないで」


 しかしこれでこの男について信頼したという意味ではない。彼が私を助ける目的が分からないのだから当たり前だ。もしかしたら彼もまた猫を被っている可能性だってある。


「それじゃあ暗くならないうちに早く行こうか」

「ああ」


 だからこれからもこの男のことを見極める必要はあるのだろう。

 だがしかし、彼が本当に人畜無害だと証明されたその時には私が骨の髄まで存分に利用し尽くしてやろう。


 なんとなく頭の中でそんな悪魔的な将来設計を描きながら私は買い物で買った荷物を全て桜田に押し付け、優雅に帰路に就いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る