屋上に呼び出されたので告白されると思ったら、弱みを握られていてピンチな件

サバサバス

本編

1.はい、私が完璧美少女です

 『天は二物を与えず』


 世の中にはそんな言葉が存在する。これは天が一人の人間にいくつもの長所を与えてはくれない、つまり誰しも短所があるわけで完璧な人間など存在しないという意味のことわざである。簡単に要約すると世の中そんなに甘くないということ。

 だが何かの手違いか、そのことわざに当てはまらない人間もいる。勉学、運動共に完璧にこなし、おまけに容姿まで端麗、男女から憧れの目で見られる人間が。

 信じられないかもしれないが実際にそんな人間も存在する。

 まぁそれは私──有栖川ありすがわ花蓮かれんのことなのだけれど──。



◆ ◆ ◆



 高校二年生四月の朝、桜舞い散る学校までの一本道には私が通う高校──桜ヶ丘さくらがおか高等学校の生徒達がまるでゴミのようにいた。

 彼ら、彼女らは皆一様に私へと視線を向けてきているが、その中で私は自慢の長い黒髪を手で払い、颯爽と道の真ん中を歩く。私がそれほどまでに注目されるのは当然のこと。だって私は自他共に認める完璧美少女なのだ。


「有栖川さん、おはよう!」


 だから突然の声かけにも動じることはない。

 私が足を止めてゆっくりと後ろへと振り向くと、そこには同じクラスの恐らく名字が田中だったと思われる男がいた。


「おはよう、田中君」


 努めて柔らかい表情で挨拶を返すと相手の顔がほんのりと赤くなる。どうやら正解だったらしい。


「新しいクラスになったばっかりなのにもう俺の名前覚えてくれたのか」

「当然だよ、クラスメイトだもん。でも田中君もよく私の名前を覚えててくれたよね」

「そんなの……いや、有栖川さんのことはクラスメイトみんな知ってると思うぜ」


 先程よりも顔を赤くさせた田中は恥ずかしそうに顔を俯かせる。これはもうあれだ、完全に私の虜だよ。だとしたらあれを押し付けるのに丁度良い。


「じゃあ私行くね。今日は日直の仕事があるし」

「それなら俺も一緒に……」

「えー、田中君にそんなことさせられないよ」

「でも一緒にやった方が早く終わるし、寧ろ俺が全部やっても良いくらいで」

「そっか、ならお願いしてもいいかな。実は私今日は体調が悪くて。ごめんね、こんな面倒なことお願いしちゃうなんて、やっぱり私が……」

「いいって、いいって。俺は有栖川さんの役に立てることが嬉しいからさ。これからも俺に出来ることがあれば遠慮しないで言ってくれよ」


 田中はそれだけ言い残すと学校へと走っていく。よし、これで今日の日直の仕事はやらなくて良くなった。


「チョロいな……」


 実際にそんな言葉が口から漏れ出てしまうくらいに彼はチョロかった。もし私が普通で平凡な人だったらこう上手くはいかなかっただろう。ここまで上手くいったのは恐らく私が美少女であるため。会話をしただけで仕事を押し付けることが出来てしまうなんて、どうやら私は存在するだけで相当罪深い人間らしい。まぁどんなに罪深かろうと私が美少女である限り罪にはならないのだが。


「おっといけない、いけない」


 自らの唇を軽く噛むことによって緩みきっていた表情を元に戻す。流石にこんな顔を他人に見られたらいくら私でも幻滅されかねないからね。


 とにもかくにも、今日という日はまだ始まったばかりなのだ。気を抜けば最後、私が今まで積み上げてきた信頼と完璧美少女という評価が水の泡になってしまう。私にとってそれだけは例え何があっても許容出来るものではない。誰だって今ある評価を自分から貶めたくはないだろう。


「おはよう、有栖川さん!」

「あっ、おはよう!」


 私は咄嗟に笑顔を作ってから止めていた足を再び前へと進めた。


 そうして何だかんだ多くの視線を集めながら登校を無事に終えた私は教室にある自分の席に着く。ここでも多くの視線を向けられる中で机を探ると、そこには予想していた通りラブレターと思われる大量の紙の感触があった。


「やっぱりあるよね……」


 まだ四月とはいえ流石に連日続くとうんざりしてしまう。出す方は一体何が楽しくてこんなものを書いているのか。

 貰った側からしてみればただのゴミにしかならないというのに。

 まぁこれらも元は私が携帯を持っていないと言ったのが原因だったりするので仕方ないのだけど。


 心の中で愚痴を溢しながらも机の中の紙切れを全てバッグの中に詰め込む。学校では人目もあってこの紙切れを捨てられないので持ち帰るしかない。美少女というのも案外辛いものなのである。


「じゃあみんな席に着け! そろそろホームルームを始めるぞ」


 担任の先生の掛け声と共にチャイムがなる。

 こうして今日も担任の先生のパッとしない顔で私の一日が幕を開けたのだった。



 放課後、いつものように完璧美少女を演じきって心も体も消耗しきった頃、私は一人学校の屋上へと向かっていた。廊下の窓から見える外の景色はまだまだ明るく雲一つないが、私の心は暗く淀んでいる。


「……なんで呼び出された私がわざわざ屋上まで行かないといけないわけ?」


 一歩足を進める度につい本音が漏れてしまうが今の私には周りを気にする余裕すらなかった。今日は本当なら家に帰ってダラダラしている予定だった。にも関わらず放課後になって突然呼び出され、そのうえ屋上まで歩かされている。私が屋上を指定したのならまだしも、勝手に場所を決められたのなら話は別だ。もう少し近場はなかったのかと私は私を呼び出した奴にそう文句を言いたかった。


 そんなこんな心の中で愚痴を言いながら歩くこと数分、気づくと目の前には屋上の扉まで続く階段があった。


「笑えてるかな……」


 屋上の扉へと手をかける前に手鏡を取り出し、手で無理やり口角を上げる。


「まぁこれくらい笑えれば大丈夫でしょ」


 どうせ今回も告白だろうから、あまり気負う必要はない。そう思いフッと息を吐いてから扉のノブを回し屋上へと踏み出す。


 吹き付ける風に視界を遮られながら進むと、そこには一人の男子生徒がいた。彼の名前は桜田さくらだ伊織いおり。一応同じクラス、顔はそこそこだが無表情で何を考えているのか分からないつまらなさそうな男だ。


「えーと桜田君、私に話って何かな?」


 とにかく彼には呼び出された理由を聞かねばなるまい。放課後、話があるという置き手紙でいきなり呼び出されたのだ。これでもししょうもない話とかだったら私の日記にボロクソ書いてやる。

 ……ってそういえば私今日は日記持ってきてたっけ?


「これ拾った……」


 邪の心に支配されつつも彼の方を見ると、その手には一冊の手帳が乗っていた。その手帳は彼に似合わず四葉のクローバーがモチーフのものだ。どこかで見たことがあると一瞬だけ思ったところで、不思議と体中から冷や汗が出てきた。


「えーと、それ私にくれるの? ありがとう」

「いや、だから拾った」


 何故なら彼が持っているそれは……。


「えー私そんなもの知らないけどな」

「でも名前が書いてある」


 私の日々の出来事を赤裸々に綴った。世界に一つだけの、元々特別でオンリーワンな日記だったのだから。


 終わった。私の人生終了した。

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