第四話 強さの限り

 夜が深くなると月明かりがより目立って地面を照らし始める。


 俺は一旦ローゼンに戻ると、ゴブリンの居場所の手掛かりを調べた。セリーの話を聞いたところ、かなり大量のゴブリンが村に押しかけたらしいが、恐らく拠点は一つだろう。ゴブリンは統率力は低く、魔法などもろくに使えないので長距離での意思伝達を行うことが出来ない。どこか一つの場所が大量のゴブリンの住処になっていると考えるのが妥当だろう。


 ローゼンへ着くと、俺はゴブリンの足跡を辿る。


 ゴブリンがローゼンへ来たときにつけた足跡を辿れば必然とゴブリンの場所がわかるはずだ。ゴブリンの足跡は俺が討伐したゴブリンとは反対側、つまり小川から離れる方向の森に続いていた。森の中に入ると枝や落ち葉などで足跡が見えにくくなってはいたものの、大群が一斉に移動したこともあり、証跡を見つけるのに苦労はしなかった。


 俺が森の中を進んでいくと、古民家が立ち並ぶ小さな集落があった。

 集落から距離を置き、木の陰から観察することにする。


「ギギッ!」


「ギギギッ!」


 いたるところからゴブリンらしき鳴き声が聞こえる。どうやらここがゴブリンたちの住処になっているようだ。古民家の数自体はそれほど多くはないものの、一軒一軒にゴブリンが大量に押し込まれているに違いない。


 数件ある民家は古くなり崩れかけているが、もちろんゴブリンたちが立てたものではない。彼らは建築することを知らないし、とりあえず雨に濡れない場所を住処にする傾向がある。ここの集落に居ついたのも、屋根があり、そこそこのゴブリンを収容できるからなのだろう。


「ギギギッ!」


「ギギギギッ! ギギッ!」


 俺は集落を回りながらどれだけのゴブリンがいるのか観察する。

 古民家の窓からチラッと中を見たところ、想像通りかなりの量のゴブリンが民家の中に詰め込まれている。男性の村人が言っていた剣や弓もしっかり民家の中にしまってあった。


「……これはまずいな……」


 洞窟でゴブリンを処理したときとはわけが違う。圧倒的に不利な状態だ。


 盗賊は準備段階で成功するかどうかが決まるといって過言ではない。綿密な情報収集をし、念には念を入れた道具を用意し、必要な技術は徹底的に訓練で体にしみこませる。プロの盗賊の応用力は事前準備があってこその強みなのである。


 俺は身にまとった装備と布袋の中身を改めて確認する。

 使える道具が一つでも増えれば、その分行動手段が増える。藁にもすがる思いだ。


「……ナイフと毒薬、針金と糸ぐらいか……」


 数匹程度のゴブリンであれば、対人戦でも対応できるかもしれないが、数十匹規模になると諦めざるを得ない。いくら固体の戦闘力が低くても、量で負けてしまう。しかもこの集落のゴブリンはなぜか大量の武器を持っているし、戦闘力は普通のゴブリンに比べると高いだろう。


 大量のゴブリンを面対面で激突せずに始末する方法を俺は考える。毒薬をまき散らしてもいいが、集落だと範囲が広すぎて全ゴブリンに毒がいきわたる前に飛散してしまう。殺傷能力は高いが、この状況に置いて実用性があまりない。


 俺はふと地面を調べると、一つの石をとる。

 無造作に意思をナイフで叩くと、小さい火花が散った。


「……これしかないな」


 俺は糸をほどき、小さい玉を作る。ナイフで石を削るように叩くと、火花が散りその糸玉に点火した。石の中ではナイフを強くこすれば着火する火打ち用の意思があるのだ。俺はすぐさま枯れ木にその火を移すと、すぐさま勢いの良い火を生み出した。


 ここからは時間との勝負だ。

 種火が消えないうちに、ゴブリンに見つからないように動かなければならない。


 俺は火が付いた枯れ木を数本持ち出し、ゴブリンに見つからないように気を付けながら、集落の古民家に火をつけていく。

 アルコールがあればより勢いよく火がともるのだろうが、贅沢なことは言えない。メッテの周囲を囲む罠を作るために、酒は全て使ってしまった。だが、幸いなことに古い集落は全て木造の乾いた木材で出来ていた。種火が消えないように気を付けながら、俺は集落を回っていく。


 集落のおおよその民家に火をつけると、俺は井戸の周りに毒薬をまき散らす。

 ゴブリンの知能がいくら低いとは言え、火事が起きたら水で消すぐらいは知っている。そこで火を消されたら元も子もないので、念のため、この井戸に近づいたら毒を仕掛けを作っておくことにした。


 集落での下準備を終えると、俺は囲むように森の中の乾いた木と落ち葉に点火する。

 火はすぐさま拡大し、集落を囲むように森が火事になる。


「……少し離れるか」


 近くにいると煙を吸ってしまうため、俺は山を少し上ったところから集落の動向を見ていた。

 集落の古民家が大きな火を上げ、森の火も益々広がっていく。最初は聞こえていたゴブリンの叫び声も、時間がたつにつれて聞こえなくなっていた。あたりが少し明るくなってきたとき、集落の古民家が全て炭になった。


***


 森の火も徐々に弱くなったころに、俺は動くことにした。


 かなり時間を費やしてしまったため、一刻でも早くメッテのもとに戻りたかったが、ここで手を抜いたらゴブリンがまたローゼンを襲う可能性がある。俺は一度集落に戻って、あたりを確認することにした。


 流石に全てのゴブリンを逃がさなかったかといわれれば、逃しているものもあるだろう。

 ただ、井戸の周りで毒死している連中を見ると、少しはゴブリンの数を減らせたと感じる。焼死したものもいれば、中には煙を吸いすぎて倒れているゴブリンもいた。毒死を含め、外傷がないゴブリンにはナイフで留めを指しておく。


 民家の中に蓄えられた武器も鉄の部分以外は焼け落ちていた。

 生きたゴブリンは既にいないという確認が取れると、俺は腕輪の引力に引っ張られるがままに、メッテのもとへ戻ることにした。


「お、小僧、久しぶりだな」


 俺が戻ろうとしたとき、懐かしい声が俺の耳の中に入ってくる。

 ふと振り向くと、そこには黒いボロボロのマントを来た男性が立っていた。


「れ、レミアンさん!」 


「お、その鎧、ドラゴンから作ったな? 様になってるじゃねえか」


 レミアンはにっこりと笑いながら、俺に話しかける。

 あれ以来四年間も会っていなかったのに、レミアンの容姿は全くといっていいほど変わっていなかった。


「レミアンさんは、なぜここに?」


「ああ、ふらーっとローゼンで魚料理でも食おうと思ったら、どこもかしこもボロボロだったからよ。憂さ晴らしでもしようと思ったら、ここに来たんだわ」


 軽いトーンで話してはいるが、察するにローゼンの人を助けるためにゴブリンを探して退治しようとしていたのだろう。四年前にドラゴンを退治したときとほぼ同じ動機である。容姿もそうだが、正確もあれ以来変わっていないようである。


「でも、あれだな、まさか小僧が俺の代わりに憂さ晴らししちゃうとはなー、まいったぜ、こりゃ!」


 レミアンは陽気に額を掌でペチッと叩きながらそう呟く。

 

「いや、まだまだです……俺にはこれしか方法が見つからなかった……」


 レミアンはあたりを見ると、俺がとった方法を全て察したようだった。それでもレミアンは笑顔で俺の頭をなでる。

 俺は決して低身長ではないが、レミアンのような大男を前にするとまるで子供である。


「お前は全力でいったんだろ? しかも、ローゼンの人を助けるために。その布袋、その大きさからするに本当だったら他に色々入れてたはずだ。そうだろ?」


「……」


 レミアンの観察眼はここに来るまでの俺のいきさつまで全てに透かしていたように思えた。

 言い訳になるのが怖くて、俺は黙り込む。それすらレミアンは感じ取ったように、続ける。


「お前は最善を尽くした。だったら、なーんにも恥じる必要はない! ――強くなったな、ヘンゼル」


 ――強くなった。

 レミアンのその言葉で、俺は心の中に挟まっていた何かが外れた気がした。


「……ありがとう……ございます……!」


 誰にも認められなかった俺が、ようやく認められた気がした。

 親にも、社会にも、助けた村の人々にも、誰にも感謝されることはなかったが、レミアンが与えてくれた言葉が足りなかった全てを埋め尽してくれる気がした。


「お前、誰か待たせてるんだろ? さっさと行ってこい」


「は、はい!」


 焦り具合を隠せていなかったのだろうか、レミアンは俺にそう促す。


「あ、あとそうだ、ヘンゼル」


 俺が走り出そうとしたその瞬間、レミアンはふと気づいたように俺に話しかける。


「……言っておくが、このゴブリンたちの後ろには何かがある。ゴブリンがこれほどの集団で、かつ人間が使う武器を持って人里を襲うなんて極めて珍しい。ゴブリンを使って変なことを企んでるやつがいるはずだ」


「ゴブリンを……使う?」


「ああ、そうだ……ただやり方も動機も今は分からねえな」


 レミアンは一枚の紙を俺に握らせる。

 紙を広げると、そこにはセイズの一つの宿の住所が書いてあった。


「この件を調査するために、しばらくセイズに滞在するつもりだ。この紙に書いてある場所に宿をとってる。ま、暇になったらおっさんの飲みにでも付き合ってくれよ」

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