第四話 盗むべきもの

 メッテはいつも通り俺の仕事が終わるまで、家で待っていてくれた。


 メッテの両親も、メッテが長く俺の家にいることに不安を覚えており、度々メッテに俺の家に通うなといっていることも知っていた。それでも彼女は両親の反対を押し切って俺の家に通ってくれている。


 俺がドアを開けたとき、メッテは机に突っ伏していた。

 もうかなり睡魔に襲われていたに違いないが、俺が少女を担いでいるのを見ると飛び跳ねるほど驚いていた。しかし、彼女も今になってはベテランの盗賊である。少女の体についた匂いと手足に残った複数の傷を一見すると、何となく状況を把握したようだった。


 メッテは、少女を俺の部屋に連れていくと少女をベッドに載せ、体を拭き、きれいな服に着替えさせた。そんなに大胆に体をいじくったら流石に起きないのか不思議に思っていたが、ベテラン盗賊の手際の良さによって少女は夢から目を覚ますことはなかった。


 少女が着替え終わると、リビングで荷物の整理をしていた俺を部屋に呼ぶ。


「……まさか、物を盗むだけじゃなく、女の子まで盗んできちゃうとはねえ」


 メッテはちょっとニヤニヤしながら俺の顔を見る。

 帰宅時にはどれほど怒られるのかビクビクしていたが、どうやら杞憂のようだ。


「俺が一番驚いてるよ……今だって、これで良かったのか分からないんだ」


 俺は自分の部屋に入ると鎧を外し、部屋着に着替える。シンプルな茶色い麻のパジャマだが、なんだかんだ言ってこの服装が最も気楽だ。どんなに軽い鎧も普段着には叶わない。


 部屋の中にメッテがいるが、気にせずに服を脱ぐ。

 幼いころからずっとバカしてきた仲だ、彼女も俺の体を腐るほど見たし、いうなれば俺だって彼女が幼いころに全裸を見ている。ましてはほぼ毎日のように俺の世話をしてくれているの今に至っては、メッテの前で着替えることは日常であるとすらいえる。


 俺は少女が寝ているベッドに腰掛けるように座る。


「――でも、ゼルは必要なものしか盗まない……この子も、盗むべきものだったんでしょ?」


「……ああ。そうだな。見ての通りだ」


 メッテは石鹸の匂いがする少女の頭をなでる。こう見ると姉と妹のようだ。メッテは傷がついた腕をさする。

 体が拭かれてきれいになったとはいえ、少女の無数の傷跡は残酷にも残ったままだ。俺がポーションを調合し、しばらくの間服用すれば消える傷もあるかもしれないが、それでも完治とまではいかないだろう。


「何があったのか、聞いてもいい?」


「……ああ」


 俺は公爵家であったことを簡潔にメッテに説明をする。

 公爵家に侵入し公爵の寝室で貴重品を盗むことには成功したこと、他の金目の物を散策していたら地下室に厳重に閉ざされた部屋があったこと、この少女がその閉ざされた部屋の中で監禁されていたこと、そして二人で脱出することが困難だと判断した俺が少女を睡眠薬で眠らせたこと。


 メッテは俺の話をじっと聞きながら、適度に相槌をうっていた。


「ふーん、だから今日は取り分が少なかったわけね」


 全ての話を聞くと、メッテは理解したかのように微笑む。

 先ほど俺を呼ぶときに、俺が整理してた袋の内容を咄嗟に見ていたようだ。抜け目のない女である。


「他の場所を漁る時間がなかったからな」


 いつもであれば、より多くのものを盗めたはずだ。寝室のちょっとした宝飾品ぐらいであれば屋敷に侵入するリスクを負うまで盗む必要はなかっただろう。街中で数人スレばいいだけの話だ。


「……で? 今回の品々はどう処理するの?」


「いつも通り何件か隣町の質屋を回って、足がつかないようにちょっとずつ売りさばきたいところだが……いかんせん、量が少ないから、いつものところで済まそうと思う。一部は俺の取り分にして、残りは孤児院にでも投げ入れるが……まあ今回はあまり多くはなさそうだな」


「ないよりかはましよ。あそこいつも大変そうだし……」


 セイズを出る門の近くに小さい孤児院があり、いつも子供たちが募金活動をしていた。

 孤児院といっても単なる古民家で、子供を亡くした未亡人がボランティアでやっている施設だ。その未亡人も高齢で、商売をしてはいるものの、沢山の孤児を賄うのは大変だという話を聞いていた。


 俺たちがそのような話をしていると、ベッドがゆさゆさと揺れているのを感じた。


「……う、ううん……」


 睡眠薬の効果が切れたようで、少女はかわいらしい声を上げながら体をベッドから持ち上げる。状況が理解できないのか、目を丸くしながらあたりを見渡す。服もきれいになったことに気づいたようだ。


「……ここはどこでしょうか?」


 少女は見たこともない部屋の中できょとんとしていた。俺の部屋は大分盗賊道具の収納に場所をとってしまい、人が自由に動けるスペース自体は少ないものの、しっかり整理整頓されている。これも口うるさいメッテが定期的に掃除してくれるからに他ならない


 俺とメッテは床に座ったまま、少女と顔が合うように振り向く。


「起きたみたいね。体のほうは大丈夫?」


「は、はい……あなたは?」


「そうか、挨拶がまだだったわね」


 メッテはしばしどのように自己紹介するか悩んだように見えた。盗賊という身分を見ず知らずの人に教えるといらぬ偏見を招いてしまいかねないという恐れもあるのだろう。俺自身もその気持ちは理解しているつもりだ。


「……私はメッテよ。こいつの幼馴染。そんでこいつはヘンゼル。知っての通り盗賊よ」


 メッテは自分の職業を隠したまま、俺の紹介をする。

 俺はやることはやってしまったので、既に身バレしている。もう隠す必要もないだろう。


 少女は俺の顔を覗くと、俺の自己紹介を待っているようだった。メッテがもう言ったからいいだろう、と内心思いつつも少女の期待を裏切れないと俺は口を開くことにした。


「……ヘンゼルだ。ゼルと呼んでくれ」


 メッテはニヤニヤしながら俺の顔を見つめている。

 盗賊業で人を騙すために演技するとき以外に人とまともに話すのはメッテだけである。何かしら目的があって、演技をするのであれば母さんから学んだ演技力で割り切れるのだが、それ以外の対人での会話は得意ではないのだ。


「それで、あなたの名前は?」


 メッテは自分たちの番であるといわんばかりに少女に質問を投げかける。


「……マルセリーナと申します。セリーと呼ばれてます……」


 少女は体を小さくしながら、メッテの質問に答える。怯えているようにも見えるが、無理もないだろう。見知らぬ人に連れさられ、見知らぬ場所に眠らされていたのだ。


「……セリー、ね。了解」


 メッテはセリーを怖がらせないよう、柔らかい表情を作った。

 相変わらず屈託のない笑顔だ。この笑顔に騙された男も数多いのだとか。


 メッテはアイコンタクトで俺に何か伝えようとしている。

 大体こいつがやりたいことはわかっている、セリーにあれやこれや聞いてもいいかどうか俺に確認しているのだ。俺は口パクで「勝手にしろ」とだけ答える。俺のメッセージを受け取ったメッテはセリーに向かって質問することにした。


「……ヘンゼルから、大体のことは聞かせてもらっているけど、セリー。あなたから事情を説明してもらってもいいかしら。あなたは何なのかしら? なんであなたは監禁されていたの?」


 セリーは無表情のまま俯く。その目は監禁場所で初めて会った時の瞳と全く同じだった。

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