ななじゅうさん!

すらっしゅ

第1話 73要素はまだですか?

 その場違いな格好の生徒に多くの生徒が驚嘆した。その男が特段変な格好だったわけではない。強いてあげるならば少々はねた寝ぐせが目に付くが、美青年といっても過言ではない。顔面偏差値が50程度なら、誰一人彼の転校を意に介さなかったかもしれない。

 場所が変われば、価値観が変容するのは世の常ではある。しかし未だ言葉を発していない男を判断できるのは外見のみで、その様子に不審な点がないならばいったい何が問題なのか。

「三好音々です。とある事情でこの学園に入学します。迷惑をかける点もあると思いますが、これからよろしくお願いします」

 発言も至って普通である。そもそも自己紹介で印象に残るようなことが必要なのは見た目に花がないものだけで、彼はその対極に位置した。そんな偏見を持った哀しきモンスターを生みだしたのも、こういう生まれ持った才覚で現代を無双しまくる人間のせいである。そういう人間はできれば近づかないでほしいのだが、大概はこういうやつがクラスを仕切るので傀儡にされるこっちの身にもなってほしい。

 そんな私怨をよそに話はコロコロ転がるもので

「先生こんな時期に男子生徒が入学してくるなんて非常識です!」

 女子生徒は声高らかにそう叫んだ。

 すらっとした体躯で赤っぽい茶髪たなびかせた、日本人離れした身なりであった。確か母方の影響を強く受けているとのこと。

 そんな彼女は親の仇のように男子生徒をにらみつけ、びしっと指をさした。

 こういう三下のような発言は身を亡ぼすことをこの子は知らないのだろうか。上司の神経を逆なでするような発言がいい結果を生むことはほとんどないのに。社会に出ればいつか分かるだろう、長いものに巻かれることの安心感が。少しずつ自分の首を絞めつけていることは手遅れになったときにでも気づけばいい。

「神楽……落ち着いてくれ。先生も正直混乱しているがこれは鷺宮学園則第27項『学園長の推薦及び、3名以上の役員による承認をもって鷺宮学園の特別入学を認める』を満たす、決定事項だ。先生も今聞かされたばかりなんだ。証明書は本物みたいだし、学園長も何を考えているんだか僕にも正直わからない。」

 あぁいるいるこういう奴。組織の末端なのに自分にはすべての情報が飛んでくると勘違いして、そういう平凡な思考だからこそ末端どまりだってなんで気づけないのか。

 神楽と呼ばれた生徒は、強大な権力に屈してしまったのかそのまま座り込んでしまった。現代版くっ殺展開だね。

「そもそもこの学園にこのような方がいらっしゃることがおかしいんです。」

 神楽はなおも続ける。神楽自体は正義感が少々過激なことを除けば、この学園では平均的な生徒なのである。聞き分けが悪いというよりも、事態が異常なのである。だからこそ彼女の言動を制止するような生徒はいない。さらにいえば、多くの生徒は彼女に同意している。こんなことはあってはならないと。なぜなら

「ここは名誉ある鷺宮学園。先生はともかく生徒はすべて女性の女の園。伝統あるこの学園の規律を乱しては先人の方々にも顔向けできません!」

 つまりはそういうことで、この学園はいわゆる女子高。しかも小中高大とエスカレーター方式に学年が上がる全国有数のお嬢様学園。創立は2世紀も前のこと、鷺宮の名字を冠する一族によって長い間運営されてきた。卒業後は優秀な殿方に箱入り娘という付加価値を妄信させ、専業主婦として終身雇用を享受する。そんな古い価値観が気に食わなくとも、この学園のラベルは百貨店や大企業の受付嬢に大うけであり、粗相がなければ即就職。

 そんなどこかノアの箱舟じみた学園も時代という潮流には逆らえず、数年前より男性の教師を採用するなど変化を受けいれ始めた。そんなときに起こったこの大変革に生徒はもちろん教師が狼狽するのも当然であった。

「と・に・か・く!彼が入学するのは決定事項だ。席についてくれ神楽。」

この学園で数人しかいない数学教師がそう告げると、女子生徒は不快感を露にしながらドスンと椅子に座った。

「あのぉ…僕はこの後どうしたら?」

男子生徒はおずおずといった擬音が適切なほど申し訳なさそうに切り出した。

「あぁ……学園長の連絡には…っと。生徒指導室で学内の設備とシステムの説明か。谷保先生付き添いと道案内お願いしてもいいですか?」

そう指名された先生は副担任だろうか。「はいっ」と驚きながらもてきぱきと男子生徒を廊下に連れ出した。

「三好君、こっちです」

 てきぱきと表記したが、彼女の動揺に気づかない生徒ではない。頬は紅潮し、声が若干上ずっていた。生徒同様、教員の多くは男子高生との会話など親族以外には存在しない。事実この教員も、仕事相手以外の男性との接触回数を指折り数えていたその時の声掛けであった。

「あっはい」

 男子生徒は居心地の悪そうに、教室のドアをぴしゃりと閉めた。

 

 彼のいなくなった教室での喧騒は想像に難くない。

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