マジックアワー5

どんな才能が自分に眠っているかわからない。多くの才能は気づかれずに終わっていくのだろう。マカネのバトルセンスもそういった類の才能であるはずだった。そうであればよかっただろう。


この呪われた兵器アームヘッドはその特性から多くの少年少女を千年前から戦場に送ってきた。その結果、一生知られずに済む負の才能が多く開花し世界を血に染めた。マカネ・アキタはその肉体を奪われた結果、戦場を矮小化した歪んだ闘技場でその才能を開花させることになった。


だれがそんなことを望んだのだろうか?狂った欲望の魔法が生み出したバトルマシーンは、世界の憎悪が歪ませたノイズと対峙した。


ガフはこの惑星ヘブンの命脈に沿って点在し連結し合う複合地下都市群の総称である。ヴァルハラはその最北端に位置しその頭上には氷河期の残り香である氷の世界が広がっている。それでも地下都市の天井が写すスクリーンの空は温帯の穏やかな青空だ。


そのイミテーションの青空に不似合いな暗い赤と鮮烈な小麦色の混じった歪んだ怪物、能異頭ノイズが衝突する!CENDRILLONサンドリヨンの拳の風圧がその低い空に向かって能異頭を弾き飛ばしたのだ!しかし能異頭が作られた青空にぶつかることはない。


能異頭が急速に近づいたことによる衝撃波が青空の映像を写すスクリーンを破壊する!強化ガラスのスクリーンは割れるが砕けることはない。青空の画像がノイズに変わりやがてブラックアウトする。「やはり」とマカネは素顔を隠す仮面の下で微笑する。


能異頭がどんな兵器なのか、あるいはB級映画の怪物めいたエイリアンなのかはわからないが”権能”とやらで何者も直接触れることはできないらしい。なぜそうなのか、それはそうなっているからとしかいいようがない。マカネにはそれ以上考える気はなかった。


奴をどう攻略するか?そのことの方がはるかに重要だ。まず奴は自分を裏切った雇い主やかつての対戦相手を襲った。そしてそれらは破壊された。どうやって?奴はれられないがさわれないのだぞ?


傷つけてくるものは傷つけられる。奴は接触不能のオバケではない。奴は空気にはれれるし空気にさわられるのだ。幸にもCENDRILLONは力が強い。風圧で奴をヴァルハラ地区を漂う粗大ゴミにしてやる!


CENDRILLONが再びボクサーめいて構えた。CENDRILLONのガラスの靴はコンクリートの地面に吸着し機体のボディを固定する。最大のパワーを能異頭に叩き込む。マカネの屋敷を囲んで林立するビルの隙間から異界の怪物能異頭がふらふらと落ちてくる。


マカネは違和感を感じた。空気が切れるような音を感じ取った。CENDRILLONの全方位を見渡すカメラアイがコンクリートの地面に先程存在しなかった傷を視認する。マカネは状況判断する。マカネの精神たましいは考えるよりも早く肉体ダイセンの体機体サンドリヨンに命令する。


CENDRILLONが地面との吸着をやめ、構えを解かずにバックステップする。その刹那!コンクリートの地面にさらなる傷! さらにバックステップ!今度は傷つけたものを視認!能異頭の体から伸びるヌードルめいた触手だ!さらに後退!触手!背後には屋敷!


「なるほど、風圧で飛ばしていただけではなかったわけね」マカネは不気味に変貌しつつある能異頭を睨んだ。複数のヌードル触手がその肉体から垂れコンクリートの地面に触れている。これは触手によって支えられているのか?


「さあトリフネ人らしく俳句でも詠んだらどうだ貴様!」「あいにくあまり風流な景色でもないから詠む気になんかならないわ!」「ならば戯言を垂らしながら黄泉の河を渡るがいい!」能異頭のヌードル触手が複数、CENDRILLONを襲う!


CENDRILLONは自分の屋敷を蹴って飛ぶ!その運動エネルギーともうひとつのエネルギーによって加速した。CENDRILLONが渾身の拳をヌードル触手に叩き込む!CENDRILLONのリアクターレイが黄金に光り輝いた!


ヘヴンズレイの輝きである!人類文明の希望の力!世界の生存本能が世界を貶めようという邪悪な力と相克した!「地獄に還れ!」マカネは叫んだ!CENDRILLONのグローブが弾け飛んだ!「はははは!地獄に行くのは貴様の…」


男の、能異頭と化した男の言葉の続きは驚愕だった。「なにぃい!」グローブを砕いたパワーは複数のヌードル触手を砕き、その破滅的エネルギーを能異頭本体にも伝播させる!「あくまで俺を否定するか!この世界は!」


「世界はあんたになんか興味ないわ、きっとね」能異頭は爆散した。CENDRILLONはそれを見届けると破壊エネルギーに巻き込まれた自分の屋敷の惨状に気付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る