『電波女と青春男』 青春男と甘く愉快な仲間たち(2)【再掲載】

 ※このお話は『電波女と青春男』のアニメBD&DVD最終巻発売記念短編の再掲載です。

 ※『電波女と青春男』シリーズはこちら。

(https://dengekibunko.jp/product/denpa/201012000531.html)



「カカオ!」

 出会い頭、リュウシさんがカカオ宣言してきた。昼休みの廊下でのことだ。

「は、はぁ」

 正確には食堂へ行こうと教室を出たら、追い抜かれて前へ回りこまれたという方が正しい。

 で、包装紙に包まれたそれを強く押しつけてきたので受け取る。

 リュウシさんは真っ赤な顔のまま、手を上げる。

「カカーオ!」

「か、かかーお」

 挨拶の類だったらしい。言い残して廊下を走り去っていった。

 うーむ。凄く分かりやすく、照れているみたいだ。こっちも面と向かって渡されると恥ずかしいのは確かだけど、なにもあんなに逃げなくても良いのに。

 かわいいなぁ。ほわほわしながら、包みを解いてみる。

 中身は雪見だ○ふくだった。

「カカオじゃねえし!」

 思わず廊下で声を張り上げてしまう。同級生たちに振り向かれて、気恥ずかしいものがある。

 その視線から逃げるように顔を逸らして、なんで雪見だ○ふくなのかじっくり悩んだ。

 勿論、分かるはずがなかった。どう考えあぐねて、からまわりして、よく分かんない天啓に打たれた結果、こうなったのかについては大いに興味がある。でも当人はまったく帰ってくる気配がないので、詳しく聞くのは後日に回すことにしよう。

 なんにせよありがたく頂戴した。校内で堂々と菓子を食べるのもマズイので、こそこそと。

 だがしかし。

「ふむ」

 冷静に考えると。

 今のところ、誰からもチョコレートを貰っていない。


 学校で貰えたのはおにまんと雪見だ○ふくだった。いや嬉しいけどさ。

 しかしバレンタインっていつから、自分の好きなお菓子をあげる日になったんだろう。そんな疑問を抱きながら放課後、藤和家に帰る。誰もいないかと思ったら鍵が開いていた。

 家に入ると真っ先に菖蒲柄が目に映る。廊下に丸まった布団が置いてあった。置き方は縦である。勿論、中身はアレだ。靴を脱いで近づいてみる。と、反応があった。

「しかしふとんの中にいる!」

「だからなんだ」

 にょきっと出てきた顔は当然、エリオである。なんで得意げなんだろう。

「足が冷たいから全部入れてみた」

「なんか海苔巻きみたいになってるぞ」

 そーれと転がす。無理に足まで入れて不格好な布団は、綺麗に転がらない。「なにをするー」と不満を口にしても、文字通り手も足も出していないのでなんにもできない。しばらく廊下で転がして、亀を苛める子供みたいに遊んでいたけど飽きたので居間まで運んだ。

「今日は駄菓子屋の店番はいいのか?」

「お母さんがやりたいって言ったから代わってきた」

 大人の割に羨ましいほど自由な人だな。いや、あれは大人じゃないけどさ。

 こたつに二人で収まる。スイッチを入れたばかりなのでまだ、寒さに震えるばかりだ。手袋をつけずに運転してきたからゆびさきがかじかんで、擦り合わせても冷たさが消えない。

 そういえば、布団の中を確認し忘れた。しかしまさか、もう出てこないだろう。

 ……別に前振りとかじゃないぞ。

「イトコー」

 海苔巻き状態のまま布団に突っ込まれたエリオが助け船を求めてくる。

「なんだよ」

「足が出せない」

「布団を脱げ」

「ぬー」

 今度は別の問題で眉間にシワが寄る。

「出れない」

「……はぁ」

 手伝ってやった。紐の縛りを外から外すと、エリオが布団から勢いよく飛び出た。

「エリオさん復活」

「はいはいおめでとう」

「そしてエリオさん生誕祭に移る」

「こら、布団はもう巻かなくていいの」

 早速またスマキンになろうとしていたので布団を取り上げる。「イトコ、きさまー」などと言って取り返そうとするエリオをいなしながら、畳んで片づけた。それからこたつに戻る。

 エリオも布団を巻きに走る気はないのか、一緒にこたつに潜った。

「イトコがちょーしのってる」

「お前が言うか、それ」

 最近はすっかり舐められてしまっている。甘やかしすぎたかな。

 外では未だ引っ込み思案で、よく俺の背中に隠れているけど。

「あ、そうだ。イトコ」

 すぐに機嫌を直したエリオが、テーブルの上に置いてあった包みを差し出してくる。

 赤と白を基調にした、綺麗な包装紙に包まれている。クリスマスの商品にも見えた。

「なんだこれ」

「チョコ」

「……ほー。くれるのか?」

 エリオが首を縦に振る。照れているような素振りはまったくない。

 女々さんにも渡していたし、こいつにとっては感謝の意味合いだけなのだろう。

「イトコはチョコがほしくて泣いてたってお母さんが言ってた」

「あーのーひーとーはー……お前、それを信じたのか」

「お母さん、わたしに嘘つかないし」

 くっ、一点の曇りもない信頼の目が眩しい。母親には今のを是非聞いて猛省してほしい。

「いらない?」

 エリオが箱を引っこめかける。それに待てと言いかけて、そうだよなと納得する。

 そういうことなんだろう。

「あー……いや、ほしい。ありがとう」

 素直になることにした。ここにはエリオと俺しかいないし、肩肘張ってもしょうがない。

 引っこめそうになっていた箱を受け取ると、エリオが「ん」と微笑む。

『ん』だけでも、色々と変わって、それが伝わるものだな。

 けどまさか真っ当にチョコを渡してくれるのがエリオだけだったとは。

「お前、意外と普通なんだな」

「普通じゃないし、そのチョコ」

 微妙にかみ合わない返し方だった。それから、エリオが鼻を高くする。

「エリオさんのお給料で買ったチョコだぞー」

「はいはい、えらいえらい」

「むー。イトコ、褒め方がいつも一緒」

 遂に気づかれた。こっちはその指摘を聞かなかったことにして、包装紙を外す。幾つかの一口サイズのチョコレートが詰められた、ごく普通の内容だ。アーモンド付きや、ホワイトチョコもある。とりあえず楕円形の無難そうなやつから摘んで、口に運んだ。

 チョコはすぐに舌の上で溶けて、甘露に浸るようだった。

「おいしい?」

「うん。甘いな」

「ん」

 ……あ。この味の感想はヤシロと同じだった。なんか悔しい。

 二個目を摘んだところで、エリオに尋ねてみる。

「お前も食べる?」

「ん」

 あー、とエリオが口を開けた。放りこんでやると、「んまんま」と笑顔で味を楽しむ。

 そういう反応を見ているとつい、甘やかすというか。チョコをまた口に入れてしまう。

 結局、エリオの方が多く食べた。でもなかなかに楽しめたので構わなかった。

 食べ終わる頃にはこたつの中も暖まって、二人でテーブルに顎を載せて至福の時間を過ごす。

 まどろんで、そのまま眠ってしまえばどれだけ幸せだろう。

 冬の日常と、冬の行事。それらが混ざり合った、少し特別な日もこうして流れていく。

 少し勿体なく、けれど居心地のいい時間として。

「イトコー」

「ん?」

 エリオがふにゃーっと、緩く笑いかけてくる。雪が溶ける、春の間際のような顔だった。

「あったけーなー」

「なー」

「ねー」

 眠るのはほんの少し後回しにして、三人で、なーなーと鳴き続けた。


 え、三人?

「布団の中になにか……うわっひょい! また膝の上にぃぃぃぃぃ!」

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