入間の間/入間人間のすべて?がここに!

入間人間/電撃文庫

『入間の間』お品書き

入間人間の掌編

『そこに神ありてⅠ』

 その神社に神様が最近やってきたと聞いて、マジで! と思った。

 このマジは、今まで神社に神様いなかったんか! という驚きへのマジだった。

「割とお祈りしてたのに」

「見に行こーぜ!」

「もち!」

 というわけで早速、授業が終わってから家にも帰らず神社へ行ってみることにした。

「わー」

「わわー」

 友と一緒に通学路からめいっぱい外れて走る。十月にはお祭りの屋台で賑わう、というかそういう時にしか走らないような通りを駆け抜けて風の音を追いかける。すべての風はそこへと行き着く。木々を縫い、枝葉を揺らして、その音を届けるためみたいに。

 大きな木に囲まれて、昼過ぎでも薄暗く感じるような神社に到着する。この辺りは昔、海に突き出した岬だったらしい。その突端に、今は鳥居や社がデンと構えられている。

「ふしぎだなー」

 と、ばあちゃんあたりが前に話していた。

「神様どこだー」

「ドコドコドコ」

 便乗してうるさい友と一緒に、ランドセルを揺らしながらまた走る。既に川が流れていない場所に小さな橋があり、狭いそれを渡ると境内が見えてくる。前にお祭りで来た時、ついでに奥でお祈りしたことが最後だろうか。なにを祈ったのかも思い出せない。

「あ、神様いた」

「マジで」

 神様らしき存在は鳥居を超えた奥にデンと構えているわけではなく、階段上がってすぐ左手の住居らしき建物から普通に戸を開けて出てきた。

「ちょっと様子見」

 枝も複雑に伸びた、ご神木らしき太い幹の後ろに友と隠れる。そしてひょっこり頭を出して覗き、まずは観察してみる。神様は奉納された絵馬を見上げて立ち止まっていた。

「……神様かな?」

 友の疑問ももっともだった。

 神様は、小さかった。

 神様はそれっぽい白装束を着て、ずるずる引きずっている。それも半分以上ずるずるだ。後ろから見ると真っ白い水溜まりが移動しているくらいの広がりがあった。幼子が大人の服を無理に着ているだけみたいだ。

「神ちっさ」

「うちの弟より小さいや」

「友の弟、幼稚園だっけ、小学校だっけ。その辺曖昧」

「まだ幼稚園」

「うわちっさ」

 わたしだって大してでっかい方ではないけど、神様の頭に顎を乗せるくらいは簡単にできそうだった。神様は絵馬を見つめたまま動かない。ただ時折頭が揺れて、合わせて髪が流れる。

「髪真っ黒だ」

 磨いたように澄んだ、純粋なる黒の塊。それは色合いから受ける印象よりもずっと柔らかく揺れてはばらける。風に吹かれると、切り分けられた夜空が暴れるようだった。

「これは……ただの神社の子じゃね?」

「うん、でも」

 友がじっと、その後ろ姿を見つめる。

 背中を覆い隠すほどに伸びて広がる、真っ黒い髪。それは眩しいほど、つーか実際眩しい。

「なんかキラキラしてる」

「うん」

 確かに。一目で光と分かる粒粒みたいなものが、髪からふわふわ浮いては宙に流れていく。なんて不思議かつ分かりやすく神様っぽいのだ。

「ん?」

 神様(多分)が視線に気づいたように、こちらへ振り向く。身体は前を向いたまま後ろ向きにこっちへ歩いてくる。こちらを見つめるその瞳は奥まで塗りたくられたように真っ黒で、他の色が一切混じらない。黒く、そして髪と同じように光り輝いている。

 どこを取っても不気味だった。

「なんだお前たち」

 咎めるような物言いに、どぅへへと友と並んで出ていく。声は見た目通りに甲高い。

「神様に会いに来ましたっ」

 包み隠さずご用件を明かすと、「ほー」と神様(仮)がわたしを見上げる。

「わたちが神だがなんの用だ」

 神様(本物!)が堂々と名乗る。仮も多分も撤去されてこちらに投げつけられた感じだ。

「やっぱ神様だって」

「間違ってなくてよかったぜぃ」

「噂話もばかになりませんなぁ」

 にゃーっほっほほと友と顔を合わせて笑う。一緒に笑っててなんだけど友若干キモいな。

「おい用を早く言え。わたちは忙しい」

 ちょー暇そうでしたけど、と言いかけたが抑えた。それよりも聞き間違いかと思ったけど、やっぱり『わたち』と言っている。舌足らずなのだろうか。なんかかわいい。

「ちっさいですね」

「着陸に手間取ったあげく肉体生成も失敗してこんな小さく固定されてしまったのだ」

 えぇい忌々しい、と神様がぼやいた。と思う。

「なに言ってるか分からん」

「知的レベルの低い連中め」

「今のは分かるぞ」

 むきーっと神様のほっぺを摘む。神様は「やめろばかもの」と頬の伸びを感じさせない早口で怒ってくる。あと声に抑揚はなく、早口で、神様というよりは宇宙人が知らない言葉をばーっと喋っているように聞こえた。

「わー、モモンガみたいになってる」

 友が神様の顔を覗いてきゃっきゃと笑っている。確かに、適当に伸ばしていたらどこまでも広がって顔がモモンガの全身みたいになってしまった。本人はまるで苦にもしていないみたいだけど、むかーっとしているのは唇の曲がり方で伝わってきた。

「神様ともなるとほっぺの伸びも違うものですな」

「ふん」

 神様が鼻で笑った後、しゅっと身を引く。わたしの手から溶けるように離れて、更に顔を一瞬で元通りにした神様が住居に帰ろうとする。まぁまぁと追いかけて、持ち上げた。

「たかいたかーい」

 神様は軽薄なほど高く持ち上がる。めっちゃ軽かった。

「おぉいいぞ持ち上げていろ」

「えー」

 怒るかと思いきや、意外にも神様はご満足のようだ。

「高いところとはいいものだ」

 ふふんと得意気にわたしを見下ろしてくる。わたしはそんな神様を見上げて、前髪ふわっふわだなぁとか思っていた。あと、小さい手足は完全に装束の袖に包み込まれてイカみてーだなと思った。

「おい下ろすなばかもの」

「けっこ辛いんですけど」

 神様本人は重くないけど、腕をずっと上げているとクラクラしてきそうだ。

「友、代わって」

 友に投げ渡そうと試みる。ちなみに友は友達ということではなく、名前が友だ。でも友達でも正しいので割とどっちでもいい。そして友はランドセルの下で組んだ手を解かない。

「おい」

「るるーん」

「殴るぞ」

「一度始めたことは最後までやり通しなさいって先生が言ってた」

「カナセンそんなこと言ってたっけ……」

 やたらめったら足の速い担任の顔を思い出している間に腕の高度は下がり切った。

「ちっつまらん」

 地面に下りた神様が露骨に舌打ちしてくる。これまた不思議なのだけど、地面を引きずり続けているはずの装束はまったく汚れている様子がない。神様パワーでクリーニングしているのかもしれなかった。

「神様ってお名前あるんですか?」

 友が尋ねる。神様は門柱をちらりと一瞥するようにしてから、質問に答える。

「琴比羅社だ」

「はー」

「様だ」

 変な名前だねと言う前に様付けを強要された。

「覚えづらいなら神様でいい」

「じゃ、そっちにしよーっと」

「これでも当年とって2万7千歳だぞ」

「七歳にしては小さいっすね」

「ばかもの」

 友の足を神様が叩く。振り回された袖がべちべち当たるけど痛くはなさそうだ。

「長生きしてる割に背伸びてませんね」

「だから身体生成に失敗したと言ってるだろーが」

 今度はわたしが叩かれた。ぶわぶわ振られる合間に、黒い光がこっちに飛んでくる。

 フケにしては美しすぎるので、別の神様的要素が飛んでいるのだと思いたい。

「でー……神様はなにしにこんなとこ来たんです?」

 前から住んでいたということはないだろう、お祭りや行事でも見ないし。この神社は管理人が常駐していない。他の神社と兼用で管理されている。つまり普段から住める環境にはないはずなのだけど、この神様は勝手に住み着いたのだろうか。

 いや神様ってそんなもんだと言われたらそうなんだけど。

「話すのがめんどいから簡単に言うと可能性の一つとして何年か前に滅びの決まる道があった。ある人間に隕石が直撃したことで未来に他星との交流が絶たれて絶滅するという道だ。まぁ人類が滅びるだけで星は健在だが。その道はわたちのドーホーによって回避された。わたちはそうして生き延びた世界がどうなるかを観測に来た。ぶっちゃけ趣味だ」

 さっさと言いきられてしまった。内容も分からないし、半分も聞き取れないくらいの早口だったのだけど、太鼓持ちになっておくことにした。

「凄いっスね」

「わたちよりは凄くない」

「へーほーふーん」

「で結局お前たちはなにしに来たんだ」

 同じような質問を返された。ただ面白そうだから見に来ただけなのだけど。

 友と顔を見合わせる。友はお前なんか言えとばかりに目配せしてくる。使えないやつ。

「いやーせっかくなので願いの一つでも叶えてもらおうかなと」

 お願いなんてぱっと思い浮かばないけど。

「わたちがなぜそんなことしなきゃいかんのだ?」

 え、なにそれとばかりに神様が首を傾げる。

「神様違うのですか?」

「貢物もなしに甘いこと言うんじゃないばかものめ」

 一蹴して、強く吹き始めた風に神様の髪が煽られる。ばさばさと、夜が躍る。

「用がそれで終わりなら帰るぞ」

 神様がずるずる去っていく。

「うーん」

 本当に神様か分からんけど、使えねーなー。

 願いを叶えない神様なんていてもいなくてもどっちでもいいではないか。

「しゃーねー帰るか」

「ん、結構面白かった」

 友はなかなか満足そうだった。そんなに面白いところあったかな? と振り返ろうとして。

「あちょっと待て」

 帰ろうとした矢先、引き返してきた神様が呼び止めてくる。

「気休め程度だが」

 近づいてきた神様が髪をばっさばっさと振ってきた。その髪の隙間から溢れかえる光がわたしたちを包む。わたしはほへーだの言って、友はほひーと吸い込んでいた。

「ふんわりパウダーだ」

「パパウ?」

「簡単に言うと取り込むとわたちの存在にあまり疑問を持たなくなるのだ」

「なにそれ怖い」

「そこまで効果が出るわけではないけどな」

「うーん」

 見つめる。雑に塗りたくられたような曇りと陰のない瞳がこちらを見つめ返す。

「まだちょー怪しい」

「あとアホには単純に効きづらい」

「あ、すっかり神様らしくなって疑えなくなりました」

 うむうむ、と神様が頷く。そして今度こそ神様は引っ込んでしまった。

 残ったのは、ふんだんに振りかけられたふんわりパパウだけだ。

「これどうしよ」

「キラキラ、わたし、好き」

 カタコト友が掴もうと指を伸ばして、握りしめる。そして開くと、手のひらにはなにもない。「うーん」指をくるくる動かして光の粒をかき回す。光はなかなか消えない。

 試しにすいーっと吸ったら口の中に入ったのか目の前から消えて、ぞぞぞっとなった。

 それから神社の奥を見つめていても、神様のことはまったく頭から消えないのだった。

「帰るぜー」

「おうよー」

 友に促されて神社を後にする。確かに日が沈む前には帰らないと怒られそうだ。

 友ハウスは特にだろう。

「みつぎものかぁ」

「みつぎものねぇ」

 友がちらっとわたしを見る。なんだその視線は。

「ガラス玉は落ちた時なにか弾き出すんだぜぇ?」

「お前ガラス玉どころかプラスチックやんけ」

 というわけで、神様と出会ってもなにも起こらないのだった。

 ……うそ、一つ動いた。



 で、翌日。

「友は暇のようだ」

「じゃねーよ」

 図書館の本入りの手提げ袋を見せつけながら、友がわたしの予定を否定する。

「今日はお読書の時間ですのよ」

「なに一人で賢くなろうとしてるんだきみは」

「おほほほ」

 友が教室から走っていってしまった。おのれ本当に半分くらいはお嬢様め。

 今日も一緒に神社に行こうと思ったのに。

 ま、いっかと一旦家に帰って、小銭を握りしめて、走る。

 途中寄り道しながら、また神社を訪れた。

「また来たのかお前」

「信心深いものでしてげへへ」

 今日の神様はご神木の前にしゃがんでぼけーっとしていた。めっちゃ暇そうだ。格好は昨日と変わらない。神社を流れる風は今日も強く、ともすると小さな神様ならその風になって浮いてしまいそうだった。

「む」

 神様が目ざとく、わたしの手元のそれを注視する。そう、今日のわたしは友の代わりにこれがある。神様に貢ぐものをばあちゃんに相談したら、これがいいと勧められた。

「大福持ってきました」

「ほほぅ」

 神様の漆黒の瞳がきらりと輝いた、気がした。

「わたしのおこづかいで買ったんですよ」

「すごいすごい」

 いい加減な褒め方の向こうで、はよ寄越せと袖が蠢いていた。

 おこづかいがいくらとか考慮して叶う願いのグレードが上がったりしないものだろうか。

 神様は大福の包みを開いた瞬間、手に持つことなんかしないでそのままかぶりつく。予想外の食べ方だった。神様は大福を蛇みたいに丸呑みして、もごもごと噛む。

「んまいんまい」

「それはよござんす」

 本人のほっぺも大福みたいにむにょむにょ動いている。この神様、骨あるんだろうか。

「あーおいちかった」

 全部飲み込んで、ずるずると去ろうとする。待てやと引きずっている装束の端を踏んだ。

「おいやめろばかものが」

「ばかはどっちじゃーい」

「む?」

 はて、と神様が首を傾げる。二秒後、思い出したのか頭が戻る。

「おっとお腹いっぱいになったら忘れてしまった」

「大福一個でお腹いっぱいになれるとか便利っすね神様」

「わたちはドーホー共と違って小食でな」

 口周りにくっついた白粉を袖で拭ってから、神様が言う。

「では一つ身近な予言をしてやろう」

「よげん?」

 まだお願いも言ってないのに、勝手に決められた。

 未来予知が得意でなと前置きした神様が、わたしをじっと見つめて。

「お前は一週間後に大事なものをなくすぞ」

「……え?」

 風の音はなにも邪魔していないのに、風のせいにしたくなるくらい、聞き取りづらい。

「以上だではな」

 神様があー忙しいと大嘘を口癖のように漏らして離れて行こうとするので、すぐ食いつく。

「あのー、神様?」

「なんだ」

「なんです今の」

「ほぼ確実に当たる予言」

 神様は前を向いたまま簡素にしか答えない。空ぶるような問答の感触に、ちょっと質問を変えてみる。

「神様、大事なものってなんですか?」

「知らん」

「……えー」

「お前の大事なものなどわたちが知るわけないだろう。なにが大事かなんて自分で決めろ」

「え、わたしの大事なものって決まってないの?」

「だから今言ったぞばかもの。それはお前が決めることでしかない」

「いやそういうことではなく……」

 そんなことを確認したいわけではないのだけど、どう聞けばいいのか思い当たらずもどかしい。なくす、なくす、とそこが最高に引っかかって、でも上手く聞けなくて。

 結局、変な質問が続く。

「決まってるのは大事なものということだけ?」

「んむ」

 神様が適当に頷いていかにも帰りたそうにしているので、また装束を踏んづけようとする。しかし神様はそれを察していたように跳躍して、わたしから一気に距離を取る。

 今までとまったく異なる機敏な動作に驚く。

 そして何事もなかったように、神社の奥へと消えてしまう。

「……そーか、よちできるのか」

 それなら避けられるに決まっていた。

 それはいいとして。

 一人残されたわたしは、神様の予言に無防備な肘を押されるように、据わりが悪くなる。

 一週間後に、大事なものを失う。

 淡々と予言されても困るしかない。

 大事なものってなにとか、なくすって、なにとか。

 急に言われても。

 なぁ、とここにいない友につい話しかけてしまう。

「かみさまー、わたしどうすればいいんですかー?」

 風に問いかけを乗せる。で、耳を澄ませる。

「大福うんめー」としか聞こえてこなかった。



 というわけで。

 ろくでもない予言をされてしまったのだった。

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