第29話 二人きりの夜

 俺たちの母さんは、在宅ワークなので平日はほとんど家にいる。父さんは平日は会社に通っているが、休日は主に家で過ごす人だった。なので、一日中大人がいない日というのはなかったと思う。つまり、海斗と俺が二人で留守番をするという事は、ほんの数時間というのはあっても、半日以上というのは記憶にない。

 だが、今度の日曜日に、従姉がハワイで結婚式を挙げる事になっていて、両親が招かれている。月曜が休みの三連休なので、土曜日から出かけて行き、月曜日に帰ってくる。つまり、土日の夜、俺と海斗の二人だけで留守番をする事になるのだ。俺は何日も前からその事ばかり考えてしまう。どうにも緊張する。いつも両親がいたって、俺たちはそれぞれ自分の部屋で寝ているのだから、それは両親がいなくても同じ事なのだが・・・海斗が同じかどうか、心配だ。


 「それじゃあ、行ってくるわね。夜はちゃんと戸締りするのよ。」

「うん。行ってらっしゃい。気を付けてね。」

土曜日の朝、父さんと母さんはハワイへ向けて旅立って行った。海斗は部活の練習試合に出かけている。帰ってくるのは夕方だろう。

 たまには料理でもしようと思いついた俺は、二人分の夕飯を作ることにした。昼は適当に一人で済ませ、買い物に行き、台所に立った。難しいものは作れないので、煮込みラーメンを作ることにした。材料を切り、鍋に具材と水を入れて煮る。そこへラーメンのスープの素を入れて味を付ける。後は麺を入れるだけだ。海斗が帰ってきたら入れよう。

「ただいまー。」

海斗が帰ってきた。ぐっ、急に緊張してきた。料理をして帰りを待つなんて、なんだかまるで奥さんのようではないか。

「岳斗、ただいま。あれ?何か作ってんの?」

部活のジャージを着た海斗が現れた。か、かっこいい・・・。と、何を今更!

「お帰り。煮込みラーメン、だよ。」

俺が答えると、

「お、いいねー。サンキューな。」

と言って、海斗が嬉しそうに笑った。

「急いで風呂入っちゃおうかな。汚れてるし。」

「そうしなよ。出る頃に麺を入れて仕上げておくから。」

「おう。」

海斗は風呂場へ消えた。意外に普通に話せた。二人っきりで、すごく緊張してしゃべれないんじゃないかと思っていたのに。海斗が普通だったからかな。


 二人で向かい合って座り、煮込みラーメンをつつく。それは思った以上に楽しかった。海斗がうまいうまいと言って食べてくれるので、作った甲斐があったなあと満足。一緒に洗いものをして、それから二人でソファに座ってテレビを見た。いつも、何となくかけているバラエティー。

 何だろう、普通で、つまらない。いやいや、何考えてんだよ、俺は!でも、兄弟だと思っていた頃と変わらないのは、不思議だし、物足りないし、ちょっと不安だ。海斗が、散々俺の事からかっておきながら、実は俺の事なんてただの弟としか思っていない、なんて言い出すんじゃないか、と不安になる。テレビの内容など、まるで頭に入らない。隣に座っている海斗の方を盗み見る。

 すると、海斗も俺の方をちらっと見た。

「あ、テレビつまんないから、替えようか。」

俺がそう言って腰を浮かし、リモコンを手に取ると、

「消しちゃえよ。」

と、海斗が言った。なので、俺はテレビを消した。そして、リモコンを置いた時、ぐっと腕を掴まれ、引っ張られた。そしてソファに座らされたが、さっきよりも海斗の近くに座る格好になった。海斗が、マジな目で俺を見る。最近いっつもニヤニヤして俺の事を見ていたのに。

 心臓爆裂。でも、ずっとこうしていたい。近くにいたい。海斗は俺の肩に腕を回した。俺は、海斗の肩に頭を乗せた。いい香りがする。

 やっぱり、テレビをつけておけばよかったと思った。お互いの息遣いが聞こえる。心臓の音まで聞こえそうだ。なんか、心なしか海斗の息遣いが荒いような気が・・・胸も上下しているじゃないか。少し頭をずらして、耳を胸の方に近づけると・・・ドクドクドクって、すっごく鼓動が速い!どうして?

 俺は心配になって、顔を上げて海斗の顔を見た。すると、ぐっと肩を押されてソファの背もたれに背中が付いた。同時に海斗の体が俺に覆いかぶさってくる。うわっ、来る!俺はドキドキが過ぎて苦しくて、ぎゅっと目をつぶった。来るか、まだか・・・。

 来ると思ったもの・・・キス・・・がなかなか来ないので、薄目を開けてみると、海斗はそこで止まっていた。俺がちゃんと目を開けると、ぷいっと顔をそむけた。

「またどつかれちゃ、かなわねえしな。お前も風呂に入れよ。」

そう言って、さっさと行ってしまった。は?海斗?なんで?

 お風呂に漬かりながら、俺はため息をついた。二人っきりになったら、何をされるかと心配していたけれど・・・何もされないのは・・・がっかりだ。ん?そう、残念だ。な、なにを考えてるんだよ、俺は!何を期待していたのだ。恥ずかしい。穴があったら入りたい。ここには誰もいないけれど。俺は、お湯の中にずぶずぶと頭を沈めた。

 お風呂から上がって、部屋へ上がる。海斗の部屋の前を通る。うーん、本当にこのまま何もして来ないのかな。それとも、俺が寝た頃にやってきて・・・。

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