第17話 いじめ

 二学期が始まった。久しぶりに会う友達。わいわいがやがや、新学期の教室は騒がしい。が、俺の周りはそんなもんではなかった。

「岳斗!お前、海斗さんと血がつながってないんだって?」

会うなり、笠原に言われた。その他、いろんな友達からそのような言葉をかけられた。みんなが知っているとは驚きだった。山岳部のメンバーに話した時、内緒にしなくていいという言い方をしたかもしれないが、まさかこんなに学校中に広まっているとは思いもしなかった。

 俺は、海斗と本当の兄弟ではなかった、という事は知られても構わないと思っていたのだが、自分の父親が母親と妹に暴力をふるって死なせてしまったという事実は、知られたくはなかった。山岳部のメンバーに話した時は、その部分はカットしたので、そこから漏れたのではないのだ。誰かが調べてたどり着いたという事なのだろうか。その事実を友達が知っていた事にショックを受けた。

 更に、ショックが待ち受けていた。クラスの友達は驚きと興味くらいだったが、二年生の女子たちからは、敵意というか、憎悪というか、どす黒いものを感じた。俺を見てこそこそと話している人達の俺を見る目。初日はそれくらいだったが、徐々に、靴箱に殴り書きしたメモのようなものが入っていたり、LINEやIGにたくさんの攻撃的なメッセージが送られてきたりし始めた。それは、本当の弟でもないのに、海斗と一緒に暮らしているなんて厚かましいというような内容だった。更に、犯罪者の息子のくせに、などという言葉も見受けられるようになってきた。今更、俺が城崎家を出ろとでも言うのか。

 そして、それは言葉だけでは済まなくなってきた。どこからともなく水をかけられたり、背中に黒板消しを投げつけられたりした。誰がやったのかも分からない。相手が誰で、何人くらいの敵なのかも分からない。恐怖だった。まさか学校生活がこんな風になってしまうとは思ってもみなかった。

 だが、家ではこの話はできなかった。努めて普通にしていた。学校では、教室にいれば平和だが、廊下を歩く時、下校する時、部活でトレーニングをしている時などに攻撃された。親しい人はかばってくれるけれど、大抵は独りでいる時にやられる。これも嫉妬だから仕方ない、と思っていた。

 また、海斗が俺の傍にいる時にはもちろん鳴りを潜めているが、あいにく海斗は忙しい日々に突入していた。九月下旬にある文化祭の為に、部活の後や昼休みにはバンドの練習をしていて、学校では滅多に会えなくなっていた。家に帰ってきた時には、例のごとくバタンキューの海斗に、嫌がらせの事など言えるはずもなかった。こんなに疲れているのに、煩わせたくなかったから。いや本当に、よく海斗に見つからないようにやれるよな、と思うほど絶妙に俺をいじめてくる連中なのだった。

 今日もまた、下駄箱には複数の紙切れが入っていた。

(城崎家を出ていけ)(お前は海斗くんの弟にふさわしくない)(殺人犯の息子、海斗くんから離れろ)

などなど。俺がその紙切れをくしゃっと握りつぶし、ポケットに入れようとすると、その手をがしっと掴む人物がいた。振り向くと、海斗だった。日直のようで、朝練の後に教員室から日誌を取ってきたところのようだった。

「岳斗、それなんだ?」

海斗の目は鋭かった。文字が目に入ったのだろう。俺は無視して行こうとした。何しろ、敵が方々で見ているはずだから。だが、海斗は俺の腕を放さなかった。

「岳斗。」

「何でもないよ。ちょっとした伝言。」

俺はそう言って、海斗の腕を振り払った。海斗に助けを求めても、きっともっとひどい目に遭う。相手は誰だか分からないのだ。海斗がどうにかできるとも思えない。だが、海斗に秘密にしなければならない自分が悲しくて、みじめだった。海斗のせいでこうなっている、と思ってしまって、それを打ち消した。海斗が悪いわけじゃない。だが、海斗がこんなにもモテる男でなかったなら、こんな事にはなっていないはずだ。

「岳斗!」

背中から海斗が呼ぶが、俺は無視して逃げた。


 案の定、家に帰ってきた海斗が、俺の部屋に直行してきた。

「岳斗、お前今朝のあれ何だよ。」

俺は海斗の顔をちらっと見て、すぐに目を反らした。どうしたものか、話すべきか否か。

「岳斗、俺の目を見ろ。」

机の横に立つ海斗の顔を、椅子に座っている俺は見上げた。

「岳斗、俺に話せよ。何でもいいから、俺に言ってくれよ。」

俺よりも、海斗の方がよっぽどつらそうな顔をしている。俺は、今朝ポケットにねじ込んだ紙切れを、ゴミ箱から拾って広げた。そして、海斗に見せた。海斗はそれを見るなり、その紙切れをくしゃっと握りつぶし、

「何だよ、これ!」

と怒鳴った。

「大きい声出すなよ。母さんに聞こえるだろ。」

俺はそう言った。心配をかけたくないのだ。海斗は、紙切れを手に持ったまま、俺の頭を抱いた。

「岳斗、ごめん。気づかなかった。」

「いいよ。」

他に何を言えばいいのか分からない。

「俺、何とかするから。待ってろ。」

海斗がそう言った。

「何とかって、どうやって?」

俺は心配になって顔を上げた。

「これから考える。」

不安しかない。

「いいよ、大丈夫だよ。お前は何もしない方がいいって。かえって嫉妬されてひどい目に遭うから。」

なんだか、変だ。どうして嫉妬されなくちゃならない?そりゃ、この超絶かっこいい男に、こうやってハグしてもらったりしてるけどさ。ああ、そうだな、それは嫉妬されても仕方ないか。

「俺たちが、さほど仲良くなさそうにしていれば、そのうち嫌がらせも無くなるだろうよ。」

俺は正直な気持ちを言った。ネガティブな方法だが、これが一番早く終息する方法だと思う。海斗は不服そうだったが、黙って俺の部屋を出て行った。考えつく方法もないのだろう。

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