第10話 初来訪者×2

 そして今、目の前にある物体を見て、開いた口が塞がらない。思わず足を止め、ゆっくりと通り過ぎて行くそれを目だけで追いかけるが、それでも足りずに首がおかしくなるのではないか、というくらい首をねじっても目が離せなかった。


「なに、アレ・・・?」


 カインのお店から町の中心部に向かう途中で遭遇したソレは、大いに私を驚かせた。


「あ、最初は驚くよね。異世界と言ったら、身近な乗り物は馬車だと俺も思っていたから」


 少し前を歩いていたカインが、立ち止まった私に気付き足を止めた。


 そう、道を行き交うその乗り物は、・・・宙に浮いていた。数十㎝だけれども・・・タイのトゥクトゥクもどきが・・・軽トラックもどきが・・・浮いているっ!違和感しかないよ~。私が想い描いていたファンタジーが、ファンタジーが・・・あ、そう言えばカインの家にも異世界らしからぬシステムキッチンのようなものがあったな・・・うん。ま、馬車よりは場所も取らず、小回りも効きそうだし、ある程度の重いものも運べそうだし、便利っちゃ便利よね。うん、受け入れよう!


 便利さを取った私は、一人頷いて歩き出してカインの横に並ぶ。


 例の乗り物は、創作した来訪者が付けた『浮遊車ふゆうしゃ』とシンプルな名前で、全てがオーダーメイドなのだと。作り方は簡単で、自分好みに作った外枠に、浮遊する魔道具を取りつけるだけなので、身近な乗り物になっているようだ。様々な形をしたものがあるらしいく、先ほどのトゥクトゥクもどきとか、軽トラックもどきとか。大型バスや、大型ダンプみたいなものもあるみたいだ。

 所有する上で規則があるらしく、そのうちの一つが、町中や人通りが多いところではゆっくり走らせるということなので、町中のここでは歩くより少し早いスピードで、みんな乗り物を走らせていた。前の世界とは違い、外装は木製で出来ているみたいだが。


「木製だと、ちょっと耐久性と安全性に心配だね」


「それね、ある程度の衝撃を抑える魔法を付与しているから、大きな事故以外だったら大丈夫だと思うよ」


「へー、それならちょっと安心?」


「ふふっ、なぜ疑問系?」


 なんか、笑われてしまった。解せぬ・・・。


「んー、大きな事故も心配だけど、事故には人身事故もあるでしょ?車は大丈夫でも、ぶつかった人が大きなケガとかすることもあるだろうし、もしかしたら死んじゃう可能性もあるわけだよね」


「そうだね、過去にそういう事故が無かったわけじゃないよ。むしろ、多かったみたいで、色んなルールが出来たんだよ。街中や人通りが多いところでは、ゆっくり走るとかね」


「そっかー・・・でも、あっちの世界と同じく、信号とか付けれないのかな?」


「それは、難しいね。作るだけで国家予算吹っ飛ぶんじゃないかな?材料を自分で賄えれば別だけど。それに設置とかする場合は、どのくらいの人件費かかるか・・・」


「おう・・・あっちの世界の基準で考えてた・・・」


「あ、ここだよ。買い取りしてくれるお店は」


 話をしているうちに、いつの間にか目的の店に着いていた。


 あ、話に夢中で、他のお店良く見てなかった!


 今いる店の前の周辺は、全て木で出来ている建物がポツン、ポツンと間隔が離れて建っていて人も出歩いておらず、活気が全然ない。町というより、村という感じだ。


 日本の田舎より寂れているような・・・先ほどの浮遊車はこの町の人じゃなかったのかな?


「帰りに、他のお店をゆっくりと案内するから」


 急にキョロキョロしだした私に、カインは微笑ましそうに、そう声をかける。


「・・・うん、お願いします・・・」


 恥ずかしい!子供みたいじゃん、私!!


「あとね。口調が変わるけど、気にしないでね。この世界では、虚勢張らないとだから」


「あ、うん。わかった」


 そういえば、初めて会った時のちょっとキツメの口調から、柔和な感じに途中から変えたよね・・・。


 カインが、目の前にある店の木製の扉を開け、中に入って行くのでそれに続く。

 中に入ると誰も居らず、お店にしては殺風景で、商品が申し訳なさそうにあるくらいだ。


「ジオルク、いるか?」


 カウンターの奥にある扉に、声をかけているのだろうか?それにしては声が小さい。


 それじゃ、扉の奥に声が届かないんじゃないかな・・・。


「はい、は~い。ちょっと待って~」


 そう思っていると、どこからともなく男の声が聞こえてきた。もちろん、扉の奥からではない。


 これって、どこから聞こえてくるんだろう?それにしても、声からしてなんか軽そうな感じするなー。


 キョロキョロしながらカインを横目に見ると、ため息をついていた。


 男の声がして数分、勢い良く扉が開く。そこには、薄いミントグリーン色の髪を肩まで伸ばし、オレンジに近い金色の瞳をした二十代後半くらいの年齢の、顔立ちの整った男が満面の笑みを浮かべて立っていた。


「いやいやいや~。カイン、待ってたよ!今日は何を持ってきてくれたんだい?君が持ってきてくれるものは何でも最高の物だからね!おや?君が人を連れてくるなんて珍しいね!それも女の子を!!どうしたんだい!?さぁさぁ、お兄さんに話してごらん!」


 息つく間もなく、早口でそう私たちに声をかけてくる。


 あー、さっきの声の人だ。


「ヨシュア、お前の名前はジオルクではないだろ」


「そんな細かいことは気にしないっ!だって、孤高の人と言われているカインがだよ。アンナ以外を連れているんだよ。こっちの方が、気になるじゃないか~。ねぇねぇ、早く紹介しておくれよ!」


 呆れた感じの物言いをするカインに、ヨシュアと呼ばれた男が捲し立てるように言いながら詰め寄る。


 アンナってだれだろう?・・・恋人かな?


「ヨシュア、君はいつから僕になったんだい?」


 カインとヨシュアさんのやり取りに気を取られて気付かなかったが、今度はオレンジバーミリオンの瞳と、淡く柔らかそうなブロンドヘアを後ろへ一つにまとめた、美しくてそれでいて優しそうな顔立ちのした、二十代前半くらいの男性がいつの間にか奥の扉の前に立っていた。


「カイン、相変わらず君はフードを深く被っているね」


 そう言いながら彼は、こちらに近付いて来る。


「ジオルク、ヨシュアを躾ておいてくれ。客が来なくなるぞ」


「それは大丈夫かな。こんな感じになるのは、君だけだから」


 ため息を付きつつそう言うカインに、ジオルクさんは軽く返す。


「余計、悪い・・・」


「ちょっと、ちょっと、ジオルクもカインもそれは酷いんじゃないかい!僕はただ、自分の心に正直に行動をしているだけなんだよ。他人がどう思うと、この気持ちを抑えるなんて耐えられない!!」


「うるさい・・・」


「ちょっと、黙ろうか。ヨシュア」


「えー、二人とも僕への態度が厳しい!」


 そうヨシュアが言いながら、頬を膨らませる。


 大の大人の男が、拗ねて頬を膨らませるって・・・。


「で、彼女をいつ紹介してくれるのかな?」


 そんなヨシュアを無視をして、ジオルクがカインに尋ねる。


 いやいやいや、これを放置ですかー!?


「この店に入ってから、ここまで紹介できる環境があっかた?」


「ま、ヨシュアがいると話が進まないからね」


「彼女はノアという。私の家の前にある湖に落ちてきたので拾うことになった。私と同じ世界から来た来訪者だ」


「初めまして、ノアです。よろしくお願いします」


 カインが私を紹介する時に名字は言わなかったので、わたしも自分の名前だけを言いながら頭を下げた。


「そう、僕も同じ来訪者だよ。ジオルクと言うんだ。商会を経営をしている。よろしくね、ノア」


 ジオルクさんは、手を差し出し握手を求めてきたので、それに応じる。


「そうなのかい!?僕も来訪者なんだよ!ヨシュアだよ、よろしくね!物作りをしているんだ。ジオルクとは同じ世界でね~。気が合うので、一緒にいることが多いんだよ。いや~、君はラッキーだね。カイン家といったら、魔の森だろうから、普通だったら魔物に瞬殺だったかもね」


「ヨシュア。僕としては、気が合うから一緒にいるのでは無くて、どちらからというと利害の一致で一緒にいるということを主張したいね。その話の内容だと類友だと思われるから、やめてね」


 止まることがなさそうなマシンガントークをしているヨシュアさんに、ジオルクさんは柔らかい口調だが辛辣な言葉を放つ。


「そんな!ジオルク、僕は気が合うから一緒にいるのに!!」


 またまた、ヨシュアさんは頬を膨らませる。


 だから、大の大人の男がやっても、それは可愛くないって・・・。


「それ、可愛くないからね。君は、可愛いと思ってやっているの?」


 そう言いながらジオルクさんは、ヨシュアさんの頬をガシッと右手で掴み萎ませる。


 それ言っちゃう!?私が言いたくても言わずにいた言葉を言っちゃう!?あと、口調も仕草も柔らかくて優雅な感じなのに、やることが優雅じゃない!!


「うぅ~、酷いじゃないか!ジオルク!!」


 すぐにパッと手を離したジオルクさんに、ヨシュアさんは自分の頬を抑えて責め立てた。


「僕への扱いが雑で乱暴だよ!!もう少し、優しくしてくれても良いと思うよ!ジオルクは・・・」


「申し訳ないけど、ここはゆっくり話せる場所がなくてね。さ、奥へ移動しようか」


「ちょ、ちょっと待ってよ。僕がまだ話しているんだよ」


 ヨシュアさんが抗議しているのを遮り、私たちをジオルクさんは奥へと促す。


 良いのかな、これを無視して・・・。


「いつものことだから、気にしないでね」


 カインが顔を近付けて、私にだけ聞こえるようにそう言ってくれた。


 これがいつものこと!?


 驚きながらも奥の部屋に移動すると、中は思ったより広くて外で見た感じより広いんじゃないかなと感じた。足元の絨毯はふかふかで、中央に置いてある6人がけのテーブルと椅子の装飾はゴテゴテしておらずシンプルで品が良い。


「さぁ、こちらにどうぞ。お嬢さん」


 そう言って、ジオルクさんが手前にある椅子を引く。


 いやいやいや、私お嬢さんじゃないですから!!四十路のオバチャンですよっ。それも体型がぽっちゃりですよ!


 心の中で喚きを面には出さず、引かれた椅子に腰をかける。その隣にはカインが座る。


 やっていることや言ってることはキザなんだけど、自然なんだよね。嫌悪感だ全くないよ~。イケメンだから?・・・いや、あっちの世界でもいたな、イケメンでも嫌悪感が出る奴が。私はやられたことないけど、女性にやっているのを見てだけど。


 向かい側に彼らが座る。私の前にはジオルクさんが、カインの前にはヨシュアさんが。


「で、用件はなんだい?面白い物をもってきてくれたんだよね?楽しみだよ~。カインが持ってきてくれるものは、最高の物だからね!」


「ヨシュア、ちょっと黙ろうか」


 席について早々にヨシュアさんが口を開くのを、ジオルクさんが止める。


「えー、だって早く見たいじゃないか」


「君が口を開くと、その分それが遅れるが良いのかい?」


 それに対してヨシュアさんは、不満を言いながらまた頬を膨らませたが、それをジオルクさんは流した。


 今度は、あの頬をそのままにするんだ・・・。


「うぅ~、わかったよ。黙ることにするよ」


「では、カインよろしく」


「わかった。じゃ、出していく」


 ジオルクさんに促されて、カインは鞄の中から様々な物を出していく。赤、黄色、青などの色をした、ダチョウの卵くらいの大きさの宝石ような輝きをした石を数点と、豪華に装飾されたネックレスや指輪に、私には訳がわからない機械などなど、その鞄にその容量が入っていたの!?というくらいテーブルいっぱに並べた。


「おぉ、これは!!」


 そう大声を上げながら、ヨシュアさんが訳がわからない機械を手に取る。


「魔道具だね!どんな物なんだい?いや、待ってくれ当てるから!んー、この形はアレに似ているね・・・」


「彼は、放っておこう。これで、暫くは大人しくなるはずだからね」


 いや、ずーっとブツブツ喋っていますが・・・これで大人しいんですか?


「それにしても、相変わらずスゴいね。どこのダンジョンの深層部に行ったんだい?」


「・・・企業秘密だ」


 深層部ではないんだよね、ソレ・・・というか、魔の森のダンジョンって、1層目から他のダンジョンの深層部と同じなの?ヤバイところでレベルアップしてたよ~!カインって、やっぱりスパルタだよ。


「それは、残念」


「あと、ノアの分もあるが、もうテーブルには乗りきらないな」


「彼女の分もと言うことは、一緒に行ったんだね。ちょっと待って、用意するから。・・・テーブルを追加して」


 誰かに呼び掛けるようにジオルクさんがそう言うと、今あるテーブルの隣の床が突然開き、同じようなテーブルが下から出てきた。


 う~ん・・・元の世界より、この世界はハイテク?


「では、お嬢さんの物は、こちらのテーブルに乗せてくれるかな」


 その、お嬢さんって止めてほしいんですけど・・・。


「はい、わかりました」


 優雅に隣のテーブルの上に片手を乗せると、ジオルクさんがそう示したので、それに応え、売るために選んできた物を、カインの数には足元にも及ばないが、数点そこに並べていく。


「うん、良いね。これもダンジョンの深層部の物だね」


 ソレ、魔の森のモノですが・・・全て、カインにおんぶに抱っこでしたが・・・そんな目で見ないでほしい!私、出来る子じゃないですから!!


 私が出した物を手に取ると、感心したように言うので、それに対して心の声を押し殺して、笑って誤魔化した。

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