第9話

花とレースの国ジャルダンの国主が燃え尽きていたとしても、クラリスの空の旅に影響はなかった。

三本足の百合カラスは、力強く羽ばたき、風に乗ってぐんぐんと加速していた。

「この分ですと、ずいぶん早く駅に着きそうですね。」

「あら。

じゃ、駅に着いたらマルタのカフェに寄れるかしら?

さすがにお腹が空いてきたわ。」

「姫様を置いて出発する羽イルカなどおりませんから、大丈夫でしょう。

明るいうちは。」

「そうだわ。

テイクアウトにして、イルカゴンドラの中でいただきましょう。

新作サンド、出てるかしら?」

「先日の『ストライプのチキンサンド』は、秀逸でしたね。」

「ああ!

あれは美味しかったわ!見た目も楽しくて。また、あれでもいいわ。」

「ストライプ模様にパンを焼くなんて、面白い発想です。」

のんびりと会話を楽しみながら、空の旅を続ける二人。




その頃、中央のシエルには、黒髪メイドの報告が届いていた。

この天空の国には、絶えず水が溢れ、流れている。

そのため、街には街道の代わりに水路が張り巡らされ、水路を跨ぐように橋が造られ、更にその橋の上に水路が立体交差して...というように複雑に建設されている。

一見、水の迷宮のように見えるが、慣れてしまえば暮らしには困らないらしい。

水は、始まりの竜女神の眠る竜の寝所から湧いている。

竜女神の眠りを妨げないよう、竜の寝所の周りを囲うように城を建て、溢れる水を水路で調整しながら街を造ったという。

街の中を流れる水は、最終的には大きな五つの水門からコリエペタル五国の中心、ルスルス湖へ落ちていく。


そんな水の流れを窓から眺め、魔技タブレットを操作するのは、このシエルの賢者サージェ。

このシエルには、三つの役職がある。

行政を司る『賢者サージェ

情報を操る『探求者シェルシエル

軍部を統率する『騎士シュヴァリエ

いずれも竜女神の直系、竜皇女を支えるための者。選ばれた者はみな、いつからともなく自分の役割を悟り、自ら登城し、前任者から役割を引き継ぐ。

今代の賢者サージェは女性。漆黒の瞳に、燃えるような紅い髪を短く切り揃えた、年齢不詳の美女である。

「『婚約破棄』ねぇ。

おバカなボーヤが、どこからそんな言葉を見つけてきたのかしらね。」

「どうもね、流行ってるらしいよ。

婚約破棄ソレ。」

呟きに答えたのは、紅の美女と対照的に、薄いブラウンの髪を長く伸ばしている若者。

のんびりソファーに座り、お茶を飲みながら手を差し出す。

美女から魔技タブレットを受けとると、器用に片手で操作をしながら続ける。

「ジャルダンだけじゃなくてね、プリエやビブリオでもちらほら聞こえてる。」

魔技タブレットには、コリエペタル五国に登場し始めたゴシップ誌が写し出されていた。

「『真実の愛』とやらを見つけたんだって。」

それを聞いた紅の美女は、呆れたように漆黒の瞳をグルリと回した。


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