第2話

「私の名を呼ばれましたか?」

アルトの声に、ホールの注目が集まった。


「やっと出てきたか、クラリス!

私が先ほど言ったことを聞いていたか!」

ホールより一段高い、玉座の前でアンドレが告げる。

扇ごしにクラリスは答える。

「聞こえておりましたが...どなたか、もうお一人、クラリスというお名前の方がみえるのかと思っておりましたわ。」

訝しげな言葉に逆撫でられ、アンドレは更に大声で叫ぶ。

「お前のことに決まっている!

お前との婚約、ここに破棄させてもらう!」

扇をそっと閉じ、口元に笑みを佩き、答えるクラリス。

「どうぞ、ご自由に。」


「なっ....

お前!何か、言うことは無いのか!」

クラリスの平坦な声と笑みにカッとなり、またしても大声で叫ぶアンドレ。

ちなみに、既にホールのざわめきは静まり返っており、叫ばなくてもホール全体にアンドレの声は響いていた。


「もう、申しましたわ。

どうぞ、ご自由に、と。」


あくまで優雅にゆったりと、では...と告げながらその場を辞する様子を見せたクラリスに、追い縋るような勢いでアンドレが声を掛ける。


「待て、クラリス!

そなた、このノラ・アンサンセに対して行った数々の暴挙、知らぬとは言うまいな!」


「...どなたでしょうか?」

なんとか(はぁ?)という声を出さずに振り向き、答えたクラリスだったが、一匹目のネコが逃げ出し掛けていた。


「アンドレさまぁ~~

ノラ、毎日毎日いじめられて、ホントにこわかったんですぅー」

第2王子の腕に引っ掛かっていた金髪桃目が顔を覗かせ、ソプラノよりも高い声で囀ずった。

「こんなにもノラが傷付いているというのに!

自らの位を笠に着ての傍若無人な振る舞い、ジャルダンの王子である、私の婚約者として、相応しくない!

婚約を破棄し、ノラに謝罪するのだ!」


このやり取りの最中にも、ホールには次々と紳士淑女が入場している。

始まった頃は、下級貴族ばかりであった会場にも、伯爵、侯爵といった上級貴族が増え始めていた。

彼等は既に開演されていたこのパフォーマンスに目を瞬かせ、内容を理解すると同時にとサッと顔色を失くした。


「中央のシエルの竜皇女...」

ホールに再びざわめきが広がった。


クラリスは閉じた扇をもう一度広げ、アンドレに向き直った。

「マヤ」

「はい、姫様。

お呼びでしょうか。」

黒髪メイドが音もなくクラリスの傍に控えた。

「わたくし、どうもこの方の言ってみえることが理解できないようですの。

通訳してくださらない?」

子首をかしげ、困ったように呟いた。


「お任せくださいませ。」

黒髪メイドの榛色の目がキランと光った。

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