武蔵野樹林に降る雨は

つとむュー

第1話 空堀川は王様だった?

 僕のお気に入りは、自宅の裏の雑木林。

 狭山丘陵の南端に位置する公園になっている。

 コナラが茂る斜面の遊歩道を登り、アカマツの気持ちの良い尾根に出た。そこで感じる初夏の風は、中学校での嫌なことを忘れさせてくれる。しかし――


「えっ?」

 何だ、あれは?

 あんな白い物体、先週は無かったぞ。

「プラスティック……ボトル?」

 一抱えもある円筒形のそれは、半分地中に埋まっており上部にロートが取り付けてある。そして周りを囲む立入禁止のロープ。


 このボトルは何のためなのか?

 それは一か月後に明らかとなった。

 僕は、その場所で作業する一人の女性と出会ったのだ。


「それは、何なんですか?」

 ボトルの前にしゃがみこむ作業服姿の女性に、恐る恐る声をかけてみる。彼女は驚いたように振り向いた。

「びっくりしたなぁ、少年」

 僕を見上げる顔。二十代前半くらいで、キラリと光る八重歯が魅力的なお姉さんだった。

「ご、ご、ごめんなさい。驚かしてしまって。これって何なのか、ずっと気になってて……」

「ああ、これ? 雨を取る装置なの」

 やっぱそうなんだ。

「この地域って、雨水がとっても大切なのよ。地面にしみ込んで湧き水になって、川や人々の暮らしを潤してるんだから」

「川って、空堀川からぼりがわもですか?」

「そうよ」


 それは意外だった。

 家の近くを流れる空堀川は、僕みたいにひょろひょろだったから。

 そして僕の名前も空堀からぼりいつき。あの川みたいって、いつもからかわれていた。


「なんだか嬉しそうね、少年」

「だって僕の苗字も空堀っていうんです。ずっと団地の用水路ってバカにされてたんですけど、本当は綺麗な川だったんですね?」

「綺麗どころか、昔はもっとすごかったのよ」

 ええっ!?

 それってどういうことなのだろう?

「すごいって?」

「そうね……」

 ニヤリと口角を上げながら、お姉さんは僕に告げた。

「川の王様かな」

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