お嬢様は気づかれたい



「私達ってカップルでしょ?」


 お嬢様が突然そんなことを訊いてくる。夜中の二時に、俺は彼女の部屋に呼び出されていた。


「まぁ、一応そうですね」


「じゃあ、『鈴木』とか『お嬢様』って呼び方はおかしいわよね?」


「……え。そうですか?」


「そうよ」


 七年間の常識がここで崩れ去った。


「ところで、どうして俺たちは今添い寝してるんでしょうか」


「どうしてかしらね?」


 これが一番の疑問だ。


 なぜ、俺はお嬢様の隣に寝転がっているんだ。緊張と不安で寝るどころではない。


「だってカップルじゃない?」


 俺はバカ高い天井を見つめていた。


 お嬢様にとってのお付き合いって、酷く歪んでないだろうか。


 パジャマ姿のお嬢様かららなるべく視線を外す。無防備な彼女を見ると、理性を失いそうだからな。


 下手なことをすれば俺は餓死する。お父様怖いし。


「あーもう、俺眠いんですよ」


 部屋は明るかったが、お構い無しに寝たかった。


 お嬢様にハメられたって言えば、お父様も許してくれるだろう。


「だーめ」


 目を閉じた瞬間、下半身に重さを感じた。


 なんか布団無くなったし。でも暖かいからいいや……


「って、何してるんですか!!」


 目を開けると、お嬢様が俺の上に馬乗りになっていた。


 コンタクトを外していて素顔はよく見えないのだが、なんだかお嬢様の様子がおかしい。


「ねぇ、蓮二……? 今は誰も入ってこないわ。鍵もかけたし♡」


 お団子をほどいているお嬢様は可愛いのだが、それどころではない。


 なんか温もりを感じるし──


「ダメ! ダメですよお嬢様!! 乙女の大切なものを簡単に捨てようとしないでください。あとっ! 蓮二って呼ばないでください!」


「え〜」


 ここまで言っても、お嬢様が退くことはなかった。ってか、深夜テンションだろこれ。お嬢様がやけに積極的だ──危険。


「じゃあ、これから蓮二って呼ぶから。私の事はカレンって呼んで!」


「嫌です」


 丁重にお断りしつつ、俺はお嬢様を隣に落とした。


「わー」


 クールなお嬢様が、なんかぽわぽわしてる。


 非常に可愛い。


「これから深夜に来るようなことは絶対にしませんからね……。ええと、じゃあ俺の事を蓮二って呼ぶのは構いませんから、俺はこれからもお嬢様って呼びます。分かりました?」


「わかんなーい。カレンって呼んでー」


 こいつ──腹立つな!!


「じゃあ、カレン様って呼びます。これでいいですか」


「やったー。いいわよ」


 許された。そのうち、おじょ……カレン様は枕に顔を沈めたまま、微動だにしなくなった。


 ちなみにさっきまでのやり取りは全て録音してある。俺が勘違いで罪を被ることだけはゴメンだからな。


「はぁ……カレン様、か」


 俺が今まで過ごしてきた七年間の常識が、ここ一週間でほぼ全壊状態であった。


 何故か付き合うことになるし、突然、蓮二呼ばわりされるし──


 そして、おじょ……カレン様は一体何の目的で俺を彼氏にしたのだろう。


 俺には見当もつかない。


 *


 私、藤宮カレン。巨大財閥藤宮家の一人娘にして、頭脳明晰な女子高生。


 何をするにも困ったことは無いし、ただひとつ言うとすれば──蓮二を心の底から屈服させることだけが、上手くいっていない。


 彼に告白させるにあたって、まずは身の回りから整理することにした。


 特に蓮二との主従関係。隠し通すのも限界だったから、家に許可をとって関係性を明かすことにした。だから普通に廊下とかで喋るし、友達(二人)にも説明してある。


 そういえばその友達、彩海あやみ伊代いよちゃんとはかなり親密に関わるようになった。ずっと笑顔って訳には行かないけど、前よりは笑えるようになってる……はず。


 そんな私だが──


「蓮二。結婚しない?」


「嫌です」


 一応彼氏である、従士こと鈴木蓮二との進展は皆無だった。


 いつも同じ部屋にいることが多いので、もうお互い特に何も思わないけど。


 ……最近、彼が冷たくて悩んでいる。


 いや前までもそんなに構ってくれる訳ではなかったけど、最近特に酷い。


 私の部屋に入れてもらえるという特権を持っておきながら、なんて強情なの。


「俺にも結婚相手を選ぶ自由ぐらいはあっていいでしょう」


 ほら、またそういうこと言う……


 強引に付き合ってもらうことには成功したけど、まだまだ私のことを好きになってもらうには長い道のりね。


「蓮二は、私の事好きなの?」


 今日は珍しく一斉下校だったから、二人で並んで帰ってきた……蓮二の制服姿も悪くない。


 しばらく彼は間を置いてから、


「(カレン様は妹的な感じなので。そういう可愛らしさは)好きですよ」


 困り顔でそう言った。絶対思ってないやつだわ。


「も〜。じゃあなんで私と付き合ったの!」


「命令ですから。いつでも解消して構いませんよ」


 ほらまたこういうこと言う!


 もーやだこの人! 折角この超絶美少女が好きになってあげてるのに、なんで振り向いてくれないの!?


 なんか、本気で悲しくなってきた……


「蓮二って、私の事嫌いなの?」


「まさか。そんな訳ないですよ」


 食い気味に彼はそう言った。ちょっとびっくりした。


「え、嫌いじゃないの?」


「嫌いだったらもうとっくに辞めてますよ……」


 彼は真顔でそう言ってくれた。そして、ゆっくりと私の方へ近づいてきた。


「一応、自分なりに付き合うということを考えてみたんですけど──不器用でごめんなさいね」


 そう言うと、蓮二は私の身体を抱き締めてくれた。


「……!」


 なんだかとっても安心するし、温かい。


 ずっと前から好きだった人に抱き締められるって、こんなに幸せなものなのか。


「使用人の分際ですが、お許しください」


「う、うん──」


 一瞬。


 ほんの一瞬だけれど、心が繋がった気がした。


 でも、彼はすぐに離れた。


「仮に俺が恋をしたとして、それは悲恋ひれんでしかありませんよ……。鈴木家と藤宮家の財力は雲泥の差です。俺の親はもうどこに行ったのかさえよくわかりませんし、兄妹もバラバラです。こんな家庭に生まれた俺を、雇用するという形で引き取ってくれただけでも有難いのに、愛娘に手を出すことなど、俺にはできません」


 そう俯いた蓮二の顔は、決して暗くはなかった。


 蓮二は、私の事は嫌いではないと言ってくれた。


 でも、恋愛的に好きとは言っていない。……私は絶対にめげない。絶対に好きって言わせてやるんだから。


「カレン様。明日、彩海と伊代さんが藤宮家に来るそうですね」


 あ。そうだった。ノリでOKしちゃったんだった。


「……だ、大丈夫よ! 彩海さんはあの有名家具メーカーの社長さんの娘さんだし、伊代ちゃんも無礼な真似はしないはずだわ」


「いやぁ、まさかカレン様がここまで他人を信頼するようになるとは。本当に嬉しいことです」


 蓮二は、朗らかに笑った。


「う、うるさい……!」


 私は顔を背けた。なんで、なんで蓮二は私の事でそこまで笑ってくれるの……? ズルいじゃない。


 私だって、蓮二のことで笑いたいし──


「明日は用事があるので、朝から居ません。お友達の接待は頑張ってご自分でお願いします」


「……ハードルが高いわね」


 よりにもよって、蓮二無しか。


 べ、別に! 蓮二がいないと何も出来ないとかそういう訳じゃないんだから。


 私はこう見えて結構気遣いできるタイプだから!


「俺が居なくてもどうにか出来ますよね。カレン様は優秀ですし、俺なんかよりずっと素晴らしくて芯のある人間ですから。──俺は、貴女の味方です。カレン様が大切な人と巡り会うその日まで。全力でサポートします」


 お風呂沸かしてきますね、と蓮二は私の部屋を後にした。彼のいない私の部屋は、空っぽになったようだった。


 た、大切な人?


 どうして気づいてくれないの?


 こんなにも長い間を共に過ごして、くだらないことでも笑い合って、誰よりも私のことを知ってるはずなのに……


 どうしてわからないの? というか、告白までしたのに──


 この男は昔からずっとそう。自分にはまるで興味無いくせに、困ってる他人は見境なしに助ける。


 ……あれは二年前ぐらいだったかしら。私がヤンキーの集団に連れていかれそうになった時、蓮二はたった一人で立ち向かった。


 ボロボロになって帰ってきて、「お嬢様が無事で良かったです」 なんて言ってくれたり。


 私に何か良いことがあれば、一緒に喜んでくれる。あぁ、そうだった。


 私は最初、アイツのことなんてスケベで何考えてるか分からないから大嫌いだったけど、小学生の時……初めてテストで100点を取れなかった私を怒鳴りつけたお父様に、蓮二は本気でキレて殴り合い寸前まで行ったっけ……


「お嬢様を責めるなんて、お父様は最低です!」


「ふざけるな! 使用人の分際で──クビにするぞ」


「構いませんけど、それでお嬢様が幸せになるのですか? おれは近侍きんしです。お嬢様を守るのはおれの仕事です! お父様。お嬢様の代わりに、おれを殴ってください。それでことが済むなら、存分にお願いします」


 今思えば、小学生の癖になんて生意気な……。


 でもそれを機に気難しいお父様は少しだけど丸くなられたし、蓮二の株は藤宮家で爆上がりしたっけ。


 最初はどうして他人のことをそんなに助けるの、って疑問に思ったけど……「当たり前でしょう。人助けに理由なんかいりません」って即答されちゃった。


 私にそこまでしてくれるのは、仕事だからって思ってた。でも、蓮二は老若男女構わず人を助けるし、それでも特に私の幸せは喜んでくれて、不幸は一緒に悲しんでくれる。


 蓮二がそこまでするのに、理由は無いんだって。


「……馬鹿ね」


 なのに、どうしてわからないの?


 私の事なんてほとんど分かってるくせに。どうしてそんな単純なことが分からないの?


 『大切な人』なんて、そんなの、そんなの───


「蓮二に決まってるじゃない」


 立ち尽くす私の足元に、涙が落ちた。


 顔が熱くなって、なんだか分からなくなって。


 蓮二は私のことをわかってない。世界一の、馬鹿だ。

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