1-3 本当はみんな生きている

「初めまして、ママ! 会えてとても嬉しいよっ!」


 ブルームはそう言って歯を見せて笑う。


 だが少女は未だに当惑顔、そりゃそうだ。


 目の前に自分が演じるブイチューバーが立っているんだから。


 俺だってこの状況を完璧には把握できていない。


「どうしてブルームがここに? 夢でしょうか?」


「ところがどっこい、夢じゃありません!」


「……話がややこしくなるから、お前は黙ってろ」


 俺は少女と目線を合わせるため、フローリングにしゃがみ込む。


「俺は怪しい者じゃない。ブルームに『ママを助けて』って言われたからここに来た」


「……え、あ、その」


 少女は言葉にならないなにかをボソボソと口にし、前髪で表情を隠す。


「え、なに、聞こえないんだけど!?」


「あ、あう……」


「ちょっとカズ! ママが怯えてるでしょ」


 ブルームが「口は悪いけど怖くないよ」と少女の背をさすっている。


 ……どっちがママかわかったもんじゃないな。


「す、すいません。わたし、あまり人と喋ることがなくて」


 少女はようやく落ち着いたのか、おずおずと喋り始める。



 人見知り、ということだろうか?

 それでなくても年齢の離れた男、ってのは怖いのかもしれない。



 でもブルームの声優にしては少し……いや、かなり性格が違い過ぎないか?


「あの、さっき言ってた、ブルームがママを助けてって、どういうことですか?」


「言葉通りの意味だけど」


「意味、わかりません……。ブルームは、ブイチューバーです。勝手にしゃべるはず、ありません」


「普通はそうだな。しかもお前がブルームの声優だってんなら、尚更な」


「……だから、なんでそれを知ってるんですか」


「ママ、ごめん!」

 ブルームがぱんっ、と手を合わせて頭を下げる。


「カズだったらママを助けてくれるって思ったから、話しちゃった!」


 さして反省の色が見られない顔で、舌を出すブルーム。


 だが少女はそのブルームさえ、少し不審そうに眺めている。


「そう言う風に見てやるな。そんなヤツでもお前のパートナーなんだから」


「……パートナー?」


「そうだよ。お前だって知ってたんだろ? ブルームにはちゃんと魂があるって」


 魂、自意識、アイデンティティ。


 自分がここにいて、各個たるひとりの人間だと自覚する意識。


「常識的に考えれば現実に存在しないキャラクターが、勝手に喋るはずがない。……でも、そんなことないよな?」


「……それは」



 言い淀む少女を見て、確信する。

 この少女はブルームに魂があることを知っている。


「キャラクターの声が聞こえるのは頭がおかしくなったからじゃない。お前とブルームがパートナーだから言葉を交わせるんだ」



 ――小説、アニメ、ドラマ、ゲーム。

 創作を盛り上げるために生み出されたキャラクター。


 彼らは自由意思のないシンボル、実在しない架空の存在として扱われている。


 だが、その認識は間違い。


 彼らは生み出された時点で、すべからく自由な意思――魂を持っている。


 だがその魂に気付くことができるのは、ひとつの魂にひとりだけ。


 キャラクター生み出した創作者本人であっても、魂に出会えることはほとんどない。


 よく子供が人形に話しかけ、あたかも会話しているかのように振る舞うことがある。あれは魂と出会い、本当に話せているケースが多い。


 マンガの二次創作を手掛けた人が、本筋のストーリーと関係ないのに、物凄い説得力とパワーを秘めた作品を書くことがある。


 あれはキャラクターの魂と出会い、真の生きたキャラクターを作品に落とし込めたから。


 これは別に人間に限った話でもない。二次存在の魂を見つけ、恋をしたペンギンだっている。


 そして魂と対話できる人と、キャラクターの関係を俺はパートナーと呼んでいる。



「お前はブルームとパートナーなんだ。いままでもブルームの声を聞いたことあったんだろ?」


 少女の視線を受けて、ブルームは笑顔で頷く。


「……はい、収録のとき、いつもモーションキャプチャを通したブルームが、話しかけてくれました。今日も頑張ろうねって、声が聞こえた気がしていました」


「それは気のせいじゃない。こうしてブルームは実在するんだから」


「そうだよママ! 科学の限界を超えて会いにきたんだよっ!」


 ボカロみたいなことを言い出すブルーム。


「でも、なぜでしょうか」

「ん?」


「あなたの言うことが全部本当だとします。でもどうしてあなたもブルームとお話が出来るんですか?」


「俺はすべての魂と話ができるからな」


「えっ……楽しそう」

 その時、少女は初めて屈託のない笑みを見せた。


 ……う、かわいい。


 先ほどまではどこか掴みどころがなく、人間味を失った機械のようだった。


 だがこうして笑う姿を見ていると、年相応の少女そのものだった。


「……実際はそんな楽しいもんでもない。アキバの電気街通りなんかひどいぞ、ありとあらゆる看板が話しかけてくるんだからな」


「すごいです。その時は、どうするんですか?」


「念じるんだ、頭のスイッチを切り替えるみたいにプチっと。すると全部の声を聞こえなくできる」


「本当ですか、それ?」

 少女が切れ長の眉を寄せて訝しむ。


「本当だよ。お前だってブルームがうるさいって思うことくらいあるだろ? その時は――」


「ちょっと、ストーーーップ!!」


 俺たちの間にブルームが入り、顔の前に手のひらをかざす。


 ……なんだよ、ちょっと楽しくなりかけてきたとこなのに。


「カズ、さっきからなんだよ。ママのことお前、お前ってさ」


「いや、名前知らないし」


「だったら自己紹介くらいしろっ!」


 確かに。

 そういえば少女の名前も知らないし、俺も名乗っていなかった。

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