亡霊妃は再会する

〝 人王は涙した。

魔王の悪行は目に余り、傷付き倒れる民達に胸を痛めた。

故に力を求めた。

人界に力は無く、冥界は知らぬ顔を貫いた。

そして、天界だけがそれに応えた。

 嘗て、四界の内の一界である魔界の王である魔王が、人界に対して唐突に侵攻を開始した。

 あまりに唐突な侵攻と、魔族特有の強靭さに成す術無く、人界は攻め落とされていった。人界が半ばまで支配され、人界が滅んでしまう。そんな時だった。

 人界の王である人王が、勇者としての力を発現させ、魔王に対し反攻を開始した〟




〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃




 そして、その勇者に力を貸した人界の者達が居た。

 その一人が、この魔法騎士学院の学長であり、人界最高峰の魔術師、エルフの賢者〝サナルカ・ミラボ・ラソウム〟

 狭い学長室で、マルコは彼女と対峙していた。


「……何が目的だ?」

『またいきなりじゃの』

「貴様……!」


 エルフ族特有の神経質そうな目を、モノクルの奥で細めて、サナルカは学長室で浮くテレスティアを睨み付ける。


『ヒャヒャヒャ、変わらぬのう。耳長らしい偏屈な目じゃ』

「亡霊妃、もう一度聞くぞ。何が目的だ?」

『目的? そんなもの無いわな』

「引きこもりの貴様が出てきたのだ。何も無いなぞ有り得るか!」


 怒号にマルコが身を震わせれば、テレスティアが寄り添う様にして、マルコの近くに寄る。薄く透き通った彼女は彼を背後にすると、サナルカを睨み付けた。


『耳長の分際で、主様を怯えさせるでない!』

「そう、それだ。その主様とやらは、そこの人間を言っているのか?」

『主様は主様じゃ。長く生きすぎでボケたか?』


 テレスティアの言葉に、サナルカは更に眉を吊り上げて睨みを効かせる。

 マルコは動けない。いくら落ちこぼれと言われていても、自分とこの二人との差は理解出来る。それに、何を言ったところで、テレスティアが自分を主と呼び慕う理由は説明出来そうにない。


「とうの昔にくたばっている奴に言われたくないな」

『その死者にすがった連中は、誰じゃったかな?』

「チッ、あれは勇者の奴が勝手にやった事だ」

『ヒャヒャヒャ、それは自分の無能を認めとるぞ? 己より死者が頼りになる。そう言われたのじゃろう?』


 もう一度、サナルカが舌打ちをして、テレスティアが勝ち誇った様に胸を張る。何やら物凄い話が当たり前の様に、世間話の形で転がってきた。

 というより、勇者がテレスティアに助力を求めた。マルコの驚愕はその一点に集中していた。


「……貴様も知っているだろう。あの人間の独断専行癖を」

『まあの……、それのせいで妾、凄い迷惑したしの』

「だが、もう死んだ人間だ。貴様の元に逝った」

『来とらんぞ』


 また、おかしな話が飛び出してきた。勇者がテレスティアに助力を求めただけでなく、何らかの事件を引き起こし、そして死後はテレスティアの元に召された。

 しかし、テレスティアは来ていないと言う。これは一体、どういった意味なのだろうか。


「来ていない?」

『うむ、というかよく考えてもみよ。あやつは人王で勇者じゃったが、結局は只人よ。幽世に辿り着ければ奇跡じゃの』

「はっ、いい気味だ。奴には迷惑しか掛けられてないからな」

『随分な言い様じゃの』

「当たり前だ。族長の指示でなければ、人間になぞ従うものかよ」


 鼻で笑い、サナルカは一枚の紙を手にする。すると、風も吹いていないのに、その紙はマルコの目の前へとヒラリと落ちる。

 魔力の動きも、魔法式の起こりも分からなかったが、恐らく魔法だ。さも当たり前の様に、高度に構築された魔法式と乱れ一つ無い魔力操作。この学院の実技教員でも、こんな芸当は出来ない。そう断言出来る。


「まあ、そう怯えるな。ただの書類だ」

「は、はあ……」

「そこの亡霊妃との、契約確認の、な」

「契約……」


 召喚師は召喚対象と契約を結ぶ事により、その力を行使する事が可能となる。しかし、その契約内容にそぐわぬ状況や、理由によっては対象から拒否や、最悪殺害される事さえある。


『妾はこれに署名すればよいのじゃな?』

「ああ、内容は貴様らで決めろ」


 それを回避する為に、召喚師は対象に対価を支払う。その内容は様々で、定番となる妖精の内一種である、機巧妖精グレムリンならば、一回の召喚につき一匹に金貨一枚が相場となり、使役内容によっては追加報酬を求められる。その対価を支払っている限り、召喚師の最低限の安全は確保される。

 だがそれは、最低限の安全であり、対象の機嫌を損ねるなどをした場合は、その限りに含まれない。


「えっと……、ヒメどうする?」

『うむ、妾としては、主様に求める対価は無いに等しいのじゃが……』


 マルコとテレスティアの名前が並ぶ書類を、ヒラヒラと弄び、空白に綴る契約に思い悩む。

 テレスティアとしては、対価は無くともマルコの頼みなら、喜んで人界に侵攻するぐらいの事はする。だが、それは召喚師としての、マルコの権限から逸脱した行為だ。

 マルコは望まないし、仮に望んでも口にはしないだろう。

 さて、どうしたものか。二人が悩んでいると、サナルカがモノクルの曇りを拭き取りながら、溜め息混じりに言った。


「追々決めればいい。只でさえ、貴様らは亡霊妃と落ちこぼれ、だが見る目のある者が見れば、貴様らを取り込もうとするだろうよ」

「え、あの……」

「だから、とっとと出ていけ。決まったら持ってこい。添削くらいはしてやる」


 サナルカが指し示すドアが独りでに開き、無人の廊下を指差す。人の多い学院に珍しい。マルコがそう思っていると、テレスティアが感心した様に口にする。


『人払いかの? 随分と手の込んだ式じゃの』

「ボンクラの出涸らししか居ない今の時代でも、目端の利く奴は居る。遅いか早いかの違いだが、今日はこのまま帰れ」


 追い出す様にして、サナルカが手を払う動きを見せた。そう思った時、マルコは気付けば無人の廊下にポツンと立っていた。

 辺りを見回しても、廊下に扉も窓も一つも無く、くぐったであろう学長室の扉も無い。背後には見通せない程に深い闇があるだけ。

 多分、これは空間魔法だ。書物でしか存在しないとされる、伝説の魔法。それがマルコの目の前に広がっていた。


『主様、気にする事はないぞ。妾が居るのだからな』


 廊下の壁をすり抜け現れたテレスティアが言う。

 テレスティアが何者なのか。それも解らないが、彼女が扱う道具は全て、存在が疑われている冥界の物かもしれない。

 只の強力なだけの幽霊ゴーストの筈、しかしあのサナルカとも知己であった。

 一体、彼女は何者なのだろうか。マルコは考えながら、契約書を懐に帰路に着いた。

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