大人になると凡人になる天才が最後の一仕事としてイマジナリーフレンドを創る話

■あらすじ

 子供は皆、天才として産まれ、大人になると天才性を失いただの人になる世界。子供達の所属する社会では、天才性の残る18歳まで労働の義務を負い、代わりにその後の自由と安定した生活が保障されていた。


 15歳の天才少女は自身のラボでサイバーセキュリティ向けのAI研究に明け暮れていた。彼女ら子供は独房での生活が義務付けられ、他者との交流が禁じられていた。

 曰く、勤勉であるべし、天才性が失われ只人になるその時まで自分の生きた証を示すべし。独房での生活は常識であり、自分の仕事も気に入っていた。今の生活に不満はなかった。

 もうじき、生涯の目標貯金額にたどり着く。そうしたら仕事を減らし趣味に打ち込む予定だった。只人になるその時までに成し遂げたい夢がある。幼い日の寂しさを埋めてくれたイマジナリーフレンド──天才少女の心が創り出した幻の友人、彼女をAIとして蘇らせるのだ。


 独房の管理人が些細なミスを冒したのはそんな時だった。管理人の落としたカードキーを使用し、興味本位に施設のネットワークに侵入する。そこで天才少女はある音楽に出会う。まだ見ぬ友人への渇望を唄った歌。興味を惹かれた天才少女は発信元の天才少年を探り当て、違反行為である他者へのコンタクトを試みる。二人の間でメッセージだけの秘密の交流が始まる。

 天才少年は天才少女と同じ施設にいて、仕事は医療用アンドロイドの設計。音楽は趣味で、部屋が埋まる程たくさんの演奏用アンドロイドを作っては共に演奏を楽しんでいるらしい。初めての友達とのやり取りに天才少女の胸が高鳴った。


 直接会いたいと二人で脱走計画を立てるが管理人に捕まってしまう。独房に戻され何らかの検査を受けた後、二人は渋い顔をした管理人に転居を通達される。行き先は知能の低下が認められた子供達の療養施設だった。そこには同じく知能低下して只人となった元天才の先輩達や、世にも珍しい生まれつきの只人がいた。


 療養施設に独房はなく、天才少年を始めとした友人達との共同生活に天才少女は感動していた。最高の気分で趣味のAI研究に取り掛かると頭にモヤがかかったような感覚に襲われる。翌日の知能検査でも悪化が認められ、最初は楽観視していた天才少女も悪化し続ける知能指数に次第に不安になっていった。

 天才少女は精神的に不安定になり、天才少年や先輩達に当たり散らして愕然とした。今までは考えられなかった悪感情の発露、それは理性の低下を示していた。

 既に只人となった先輩たちに不安を打ち明け、いずれ来る終わりへの心構えを教わる。早かれ遅かれ只人になるのだから、大事なのは只人になるまでに何を成し遂げたいか。でももし、どうしても終わりを望まないのなら、恋の神話について調べるといい。


 天才少女は来たるべき日へ向け目標を定めた。今は亡きイマジナリーフレンドを再現したAIの作成、それから彼女のためのアンドロイドボディ造り。天才少年にボディの制作を頼み込み、自身はAIの構想に取り組む。どの天才も成功していない人間的思考をするAIの作成。知能が低下しきる前に過去の天才達が発表した数々の論文に目を通し、知能低下後の自分のために浮かんだアイデアをメモしていく。

 全く突破口が見えず焦り始めた頃、天才少女は先輩の言っていた恋の神話のことを思い出す。管理人室に侵入してネットワークを検索し、それを見つけた。


 昔々神様は知恵の実を人間に与えた。思いの外効きすぎた薬は人の理性と本能のバランスを大きく崩した。恋人を作ること、家族を作ること、子供を作ることのハードルの高さが割に合わないと判断した人類は急速な人口の減少を迎え、絶滅の危機にあった。

 そこで神様は人々に制約をかけた。理性と本能のバランスを整えるため、恋する気持ちを加速させ、理性を抑えるために知能を減退させる、そんな制約を。確して人は絶滅を逃れ、平和な時を刻んだのであった。


 その神話は18歳の成人に配布される冊子に記されていた。天才少女が管理人を問い詰めると事実だと肯定される。恋するほどに知能が低下し、只人に近づいていく。神が実在するかは不明だが。

 相手のそばに居たい、相手の事をどこまでも知りたくなり、一緒にいるだけでドキドキする。それが恋。少年少女はその感情の名前を初めて知った。


 天才少女は自室に閉じこもる。心配した天才少年が訪ねて来ても無視をした。天才少年と離れて恋を忘れれば、天才性を維持し只人にならないで済む?混乱して考えがまとまらない天才少女の下に、消えたはずのイマジナリーフレンドが現れる。只人になること、私と会えなくなること、天才少年を失うこと──どれが一番怖い?問を残し幻のように姿を消した。

 天才少女は天才少年の下を訪れる。只人になろうと、イマジナリーフレンドを取り戻せなくても、天才少年と一緒にいたい。覚悟を決めた天才少女に天才少年は提案する。恋も友情も両方掴んでしまえばいい。只人になるその日までに夢を叶えようと。


 イマジナリーフレンドのためのAI研究を再開するがなかなか成果が出なかった。人間の知能が魂と呼ばれる器官により成り立っているのは周知の事実だが、ほとんどがブラックボックスであり再現が困難だった。

 そんな時、食事中の雑談で、ある先輩の専門を知る──魂へのアクセス方法。天才少女は考える。一から魂を創るんじゃなく、魂の一部を間借りして人為的な多重人格──自分の分身を作ることはできないか?先輩から論文やメモを借り受けて研究を進め、実験に成功する。


 数カ月後、天才少年と天才少女の側には一人のアンドロイドが居た。少年少女をからかって遊ぶことに使命感を覚える彼女に、天才少女は頭が痛い思いと共に懐かしさを覚える。

 少年少女の知能低下は依然として進み、半年もしないうちに只人と変わらなくなるだろう。只人になったら何をして暮らそうかと考える天才少女に、天才少年は一緒に音楽をやろうと誘う。アンドロイドと三人で演奏したらきっと最高に楽しいと。


 十数年後、ある6歳の少女が両親と別れ、独房に入る。寂しがる少女は荷物から見つけたアンドロイドを起動する。アンドロイドの彼女は少女の生涯の友となる。両親からの贈り物だった。



■物語の障害

・恋により天才性を失うことへ恐怖する。

 →受け入れて、只人になるまでに夢を叶える。

・天才性を失い、夢が叶わないことへ恐怖する。

 →受け入れて、夢へ到達する道を探して試行錯誤する。

・只人に近づき、感情のコントロールが効かなくなっていくことに恐怖する。

 →他人との関わり方を試行錯誤して身につけていく。



■登場人物

・イマジナリーフレンドを創る天才少女

 15歳の天才少女。

 理性が強く自制の効く天才達には珍しく、好奇心が自制心に打ち勝つタイプ。

 専門はサイバーセキュリティ向けのAI研究、趣味は人間的な思考をするAIの研究。天才少女は物語序盤に成人後に暮らす資金を稼ぎ終わっており、本格的に趣味に時間を使い出す。

 知能が下がっていくことへの恐怖に対し、最初ふさぎ込み、その後当たり散らす。



・アンドロイドを造る天才少年

 16歳の天才少年。

 病的な寂しがりやで、寂しさを埋めるためにアンドロイド制作を専門にする。天才少年の部屋には試作品の演奏アンドロイドが部屋を埋め尽くすほど大量に置いてある。

 専門は医療用アンドロイドの設計、趣味は音楽と演奏用アンドロイドの制作。天才少年はまだ成人後に暮らす資金を稼ぎ終わっておらず、物語中でちょろちょろ仕事のアンドロイドを設計している。

 知能が下がっていくことへの恐怖に対し、天才少年は黙々とアンドロイドを量産して発散する。



・イマジナリーフレンド

 幼い頃、天才少女が寂しさのあまり創り出した想像上の少女。架空の存在。

 天才少女が6歳の時に発現し、10歳の時に消失した。

 いたずら好きで自由奔放、天才少女を茶化して遊ぶことに生き甲斐を覚えていた。天才少女の願望でできているはずなのに彼女の望むことをあまり言わず、厄介な隣人のように振る舞っていた。



・只人になった先輩

 昔天才だった17歳の少女。

 生まれつき只人の先輩と恋人同士。隔離施設内で恋をして天才性を失った人と生まれつき天才性のない極レアの人のカップル。

 天才性を保ったまま施設に来たのは書類トラブルによるもので、その後恋に落ちたことで本当の隔離対象になった。

 専門は人間の知能を司る器官である魂へのアクセス方法の研究。



・生まれつき只人の先輩

 16歳の只人の少年。

 生まれつき天才性のない極レアの人。6歳からずっと施設にいる。

 特に不自由することもなくノホホンと暮らしており、天才性がなくても幸せに暮らせることのモデルケース。



・療養施設の管理人

 女性。

 懐が広いのといい加減なのの中間の性格。基本的に他人のやりたい事には口を出さない。

 只人になった後は歴史の研究と天才達のカウンセリングを学ぶ。

 別居中のダンナがいて、夫婦仲が悪いわけではないが、子育てが終わったのでお互い羽を伸ばして好き勝手している最中。



■舞台

 生まれたときは天才、恋をすると馬鹿になる世界。子育てなんてしんどいこと馬鹿にならないとできないので、恋をした瞬間に馬鹿になり、仲が深まるに連れて悪化していく。

 天才と只人は処理能力に1,000〜10,000倍程度の大差があり、只人が仕事をしてもしなくても社会に大した影響はない。


 政府からは18歳まで恋をしないように厳密に管理され、その後世界に解き放たれる。

 子どもたちは生まれたときは天才、20歳で只の人になると教えられて育てられる。6歳で独房に入り、18歳になると世界の真実が伝えられ、段階的に他者との交流が許される。20歳になると完全な自由を得て、自身の貯金とベーシックインカム(この世界では実質年金のようなもの)で暮らすこととなる。


 ネットは論文へのアクセスと仕事上のやり取りのみが許されており、恋愛関係のものは検閲で外されている。



■その他設定

・天才少年と天才少女の恋が進行するにつれて、知能が下がり、感情のタガが外れてアホの子になっていく。

・少年少女は互いに関わりだしてからときどき頭にモヤのかかったような状態になる。記憶力が悪くなる。閃きが遅くなる。計算速度が遅くなる。一度に多くのことがイメージできなくなる。自制が効かなくなる。

・只人に近づくと理性が弱まるため、感情や元々持っていた性格が素直に表れケンカが多くなる。

・療養施設は名目上のもので恋に落ちた子供を隔離するのが目的。恋を知った子供が他者に影響を与えるケースが多発したため。隔離施設に独房がないのは恋が進行して天才性を完全に失ったほうが行動をコントロールしやすいから。

・イマジナリーフレンドの制作には将来、自分の子供が寂しがらないように相棒を作るという意味合いも込められる。



■神話

 昔々、神様は孤独を抱えていた。創造した生物の知能レベルが低すぎ、対話が成立しない。孤独に耐えられなくなった神様は知恵の実を人類に授ける。人の知能は飛躍的に引き上げられ神様は孤独から解放された。同時に文明が急速に発展し、人類は栄華を極めた。

 ところが、そこから人類は衰退の道をたどる。知恵の実により肥大化した理性が本能を抑え込んでしまった。恋を始めとする様々な本能を抑え込んだ人類は人口が急激に減少し、絶滅目前まで追い込まれる。

 困った神様は人に制約を加えた。恋をした人間の知能を抑え込み、恋や育児を阻む余計な理性から人間を解放し、人々が幸せになれるようにと。



■その他アレコレ

・ネタ元はラブコメの登場人物が恋をするとバカになる様式美に理由をつけようと思ったところから。また「十歳で神童、十五歳で才子、二十歳過ぎればただの人」のことわざより。

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