第20話 駄菓子屋なクラスメイト

「あたしがどうにかしようか?」


 倉臼さんが提案してくるが、俺は首を振る。


「魔法使うために『異界化』しようとしてるでしょ?」

「いかいか? あ、『異次元空間アナザーディメンジョン』のこと?」


 多分それだ。俺はうなずく。


「なるべく使わない方がいい。その気配でなにを引き寄せるかわからないから」


 ぶっちゃけ、ナギが異常を感じて飛んでくるだろう。逆効果にしかならない。


「いまさらこの店に用があるってわけでもないだろうし、大人しく通り過ぎるのを待とう」

「この店?」


 店内を見渡す。所狭しと並べられた、カラフルなお菓子がどこか懐かしさを感じさせる。奥のレジには誰もいない。ベルを鳴らしておばちゃんを呼ぶのだ。


 まだ小さいころには、小銭を握りしめてよく通ったものだ。


 ここは駄菓子屋だ。


 こういうお店は、子供の買い物の練習にも一役かっていると思うんだけど、最近はあまり見ない気がするなぁ。


 なんだか珍しそうにお菓子を見て回る倉臼さん。


「駄菓子っていってね、子供でも買えるような安価なお菓子のことさ」

「本当だ。三十円、五十円。え、これにゃんて十円で買えちゃうよ? いいの?」


 有名な、某棒状のお菓子を手にして見せてくる。


「いくらでも買えちゃいそうだろ? だから、ルールを決めるんだ」

「ルール?」

「駄菓子は一日百円まで」


 にゃるほど、と言って倉臼さんは計算を始める。


 これとこれと、あとあれも買いたい。でもそうしたら足りない、けどこれは絶対欲しいから、などと呟きながら駄菓子集めている。


 そんな彼女を見ている俺の視界が白い。実はさっきから、気温の差でメガネが曇っているのだ。ナギとは、学校に行ってる間はかけておく約束だが、もう外してもいいだろう。外したメガネは胸ポケットにしまった。


 倉臼さんはなにやら悩んでいる様子。


「買えなかったのは、また明日買えばいいんだよ」


 すると目を輝かせる美少女。


 美少女!?


 そうか、メガネを外したら幻術にかかるんだった。


「これにしよう」


 買う物を決めたようだ。ザルのような入れ物に駄菓子がいくつか入っていた。その倉臼さんがこっちを見て首をかしげる。しまった、変化が気になって見すぎていたか。


「どうしたの?」

「いや、みんなにはこういう風に見えるんだなって」

「あ、魔法道具マジックアイテム、外したんだ」

「曇っちゃったからね」


 倉臼さんが正面に立った。


「だったら教えて欲しいんだけど、どうかな? 変じゃないかな?」


 軽く手を広げて、その場で一周回って見せる。


 まず一番変化したのは耳だ。倉臼さんのアイデンティティと言って過言ではない(過言である)猫耳がすっかりなくなっている。髪も柔らかい感じからしっとりと落ち着き、整っている。


 顔は、つくりは同じだと思うんだけど、なぜかモデルのように可愛くなっている。いやまて、俺はメガネをかけていたとき、倉臼さんの顔をしっかり見ていたか? 猫耳しか見ていなかったのではないか? だとしたら、もともと美少女だった? 要検証だな。


 体つきはおんなじだ。たかさよこも変わらない。……ん? もしかしたら厚みたてが違う? 心持ち、胸元が小さくなっている? 気のせい? わからん。

 とりあえずは。


「別に変じゃないよ」

「そう、なら良かった」

「俺はもとの方がいいけど」


 倉臼さんがハッと息を呑んだ。顔が少し赤い。別におだてたりしたつもりはない。せっかくの猫耳が見えなくなってしまうのが残念なだけだ。


 そう言えば、もう一つ変化していることがあった。


「しゃべり方も変わるんだね」


 そう、いつものにゃんにゃんがなくなるのだ。


「わたしの幻術は光学的なのじゃなくて、精神系の認識操作だから。わたしが投影したイメージで認識を変えるの」


 つまり、「清楚系のお嬢さま」のイメージを受け取っているから、そうしゃべっているように聞こえるのか。なるほど。それで胸元も大人しくなっている、のか?


 あんまりまじまじと見てしまったせいか、倉臼さんが視線をそらした。すると、


「あれ? 傘売ってる」


 見れば、入り口の脇にビニール傘のたばがバケツに入って置いてあった。でも少し小さめだ。


「これじゃあ足元が濡れちゃうから、倉臼さんは俺の傘を使いなよ。俺がこれを買うから」

「そんな、ダメだよ。ここまで連れてきてもらっただけでも迷惑かけてるのに、これ以上してもらうわけにはいかないよ」


 やっぱそうなるか。


「じゃあこうしよう。大きめの俺の傘を、中古品として買い取ってくれ。俺はそのお金でこの傘を買うから」


 倉臼さんは躊躇ためらっている。


「ホントにいいの?」

「もちろん」


 俺は倉臼さんからお金を受け取り、傘を取ろうと振り返る。


「カケルくん! 背中!」


 突然倉臼さんが声をあげた。背中がどうした?


「すごい濡れてる!」


 手で触ると、確かに濡れてる。倉臼さんはハンカチを取り出して拭こうとするが、当然それでどうにかなるものではない。


「ごめんなさい、気づかなかったの。どうしよう、うちまで来る? 乾かす?」

「自分の方が近いよ。すぐには乾かないし」

「本当にごめんなさい、わたし、自分のことしか考えてなかった。わたし、どうやってお返ししたらいいの?」

「そんな大袈裟な。こんなのなんでもないよ」

「よくない! なんでも言って、なんでもするから!」


 真剣なまなざし。これは、なにかしてもらわないと引き下がりそうにないぞ。後日にまわすとむしろ大きな話になりそうだから、できれば今ここで済ませられることがいいな。どうするか?


 なにかないかと倉臼さんを眺める。あまりに見すぎたせいか、もじもじと身をよじっている。


 あ、そうだ。


「だったら、一つだけ、倉臼さんにしかお願い出来ないこと、頼んでもいいかな?」

「う、なんですか?」


 ここに来てなぜか少し引かれている。そんなにとんでもないことを頼むつもりはないよ?


「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから、触らせてくれないかな?」


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