第7話 意味深な誘い

 今日は学校が午前で終わり、昼過ぎからファーストフード店内の片隅でナギと勉強会だ。店内もあまり混んでないので、四人分のテーブルを二人で広く使っている。


「英語なんて中途半端な言語、世界からなくなればいいのに」


 向かいに座るナギが極端なことを言う。


「日本語って美しい言語があるんだから、世の中それ一つでよくない?」


 ナギはどっちかというと理系で、でも国語はそんなに悪くない。なのになぜか英語だけは絶望的に苦手なのだ。


「私が世界征服を達成したあかつきには、言語統一しちゃうんだから」


 背景を知っていれば幾分物騒な発言だが、だれかに聞かれたところで普通は問題になんてならない冗談だ。


 俺は社会の年表を暗記している。暗記問題は、知らなければいくら考えてもわからない反面、知ってればそれだけで点がとれる。複雑な思考に時間がかからないぶん、事前に時間をかけるほど、テスト本番で時間の余裕ができる。


「カケル、ポテトとって」


 俺はセットについてきたフライドポテトをケースから一本取り、英語の教科書を睨みつけるナギの口元へ持っていった。


 ナギがそれを咥える寸前、それをちょっと引くと、ナギの口が空振る。


 ナギが恨みがましい目でこっちを睨む。


「にひひ」


 それが可愛いくて思わず声がでる。あらためてポテトを口元によせると、そのまま食べた。ナギの視線は教科書に戻る。


 数分後、


「コーラ」


 心なしかイラついた声でナギ。

 俺は素直にコーラのストローをナギの顔の前に向けて置く。

 ナギは教科書を見たまま、少し首を伸ばしてそれを吸った。


 俺はそれを見ながら手探りでポテトを取り、自分の口に運ぶ。


「ポテト」


 続くナギの注文に、俺はポテトを咥えたまま、もう一つポテトを探る。しかし、


「あ、ごめん、これが最後の一本だったわ」


 すでにケースの中は空になっていた。

 ナギが顔を上げ、こっちを見た。


「じゃあそれ半分ちょうだい?」


 俺の口からとび出したポテトを見ながら言った。

 じゃあと思ってそれを手にしようとする寸前、ナギがテーブルから身を乗り出してきた。


 そのまま、ポテトの反対側を大きく一口齧った。


 一瞬アップになった、目を閉じたナギの顔が、戻っていく。


「いただき~」


 なぜかしたり顔のナギ。さっきのお返しとばかりに。

 なんとなく耳が赤くなって見えるのは気のせいだろうか。


「お、狩場殿じゃないか」


 突然、割って入る男の声。この声、言い回しは。


 振り返るとそこに立っていたのは、背が高く引き締まった体つきの男子生徒。姿勢良く、どことなくサムライのような気品を感じさせる美丈夫だった。

 同じ高校の二年生、安藤あんどう大刀だいと先輩。剣道部のエースだ。


「奇遇だな。隣いいか」


 先輩は返事も聞かず、持っていたトレイを俺の隣の席に置いた。

 突然の訪問者に、ナギの視線が、雰囲気が変わる。

 まずい! これは!

 と思った次の瞬間。


「これ、食べるか? セットに付いていたんだが、あまり好まなくてな」


 安藤先輩が、アップルパイの包みをナギの前に置く。

 それを見たナギの顔色が喜色に変わる。好物なのだ。俺の彼女、チョロすぎませんかね?


「勉強か? こんなに騒がしいところでは集中できまい。図書室でも行った方が効率的だろう」

「そうでもないですよ。うるさいってほどじゃないですし、おやつもすぐ買えますし」

「そういうものか?」


 本当のところは、ナギと一緒にいたいだけなので、名目なんてなんでもいいのだ。


「ところで狩場殿」


 安藤先輩が俺をまっすぐ見つめる。


「君が欲しいという話、考えてもらえただろうか?」


 バサッと、ナギの手から教科書が落ちる。

 俺と先輩の間を、ナギの視線がいったりきたりしている。


「いやいや待って、違うんだ。これは」

「先輩とそういう関係だったの!?」


 という聞き慣れた声は、俺のすぐ後ろから聞こえた。

 振り返ると、後ろの席に荷物を置いたキクがいた。


「キッちゃん、お前までなんで!? それに別にこれは、ってなんでお前はそんな期待に満ち満ちた顔をしてるんだ!?」


 キクは、なにかの修羅場展開でも期待しているのか、ワクワクした顔をしていた。


「本命は? 本命はどっちなの?」

「待って! カケルは私のなんだから!」


 ナギが回り込んで俺の腕を抱える。


「そこまで考えてくれているのか? ならば我が輩も本気で突き合う覚悟で臨もう」


 安藤先輩までのってくる。本気かボケか分からん!

 そのあと、安藤先輩は部活の勧誘をしているだけなのだと説明するのに、俺は体力と精神力のほとんどを消費してしまった。

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