18 魔法と圧倒

 吸血鬼の身体が傷付くことが増えてきた。リーレは勝利を確信してきていた。しかし油断することなく、冷静に剣を振るう。

 一方、追い詰められて来ている筈の下位吸血鬼は、その口元に笑みを浮かべていた。その服はボロボロになり、血に染まっている。

「何がおかしい?」

「面白いねェ、お嬢ちゃん。ただ、やっぱり俺には勝てねぇな」

 言葉を発しながらも、その攻撃の応酬は続いていく。

「嬢ちゃんの剣は、正直過ぎるぜ?」

 その言葉と共に、リーレの足元が泥濘と化した。そう、相手が膨大な魔力も持つ吸血鬼。魔法が使えてもおかしくはなかった。

 急に足場が悪くなったリーレはつんのめり、足を滑らせてしまった。

「もっと汚くやってかねェとなァ!」

 振り下ろされる相手の爪に、リーレは体勢を崩しながらなんとか剣を合わせ、反動を利用して飛び退った。

 しかしその間にも相手は行動を続けている。跳んだ先にも泥濘を出現させ、またリーレの目に向けても泥を放った。

 リーレは咄嗟に氷魔法で防ぐも、近づいてくる吸血鬼自身には対応できなかった。

「これで、終わりだァ!」

 吸血鬼の勝利を確信した赤い瞳に、リーレの姿が映る。リーレの首目がけて突き出された腕は、しかしリーレに届くことなく、白い光によって掻き消された

「何!?」

 両者の赤く染まった瞳に、驚愕の色が浮かぶ。

「魔法の気配と戦闘音につられて来て見れば……。全く、いつになれば貴様らを根絶やしにすることができるのやら」

 溜息とともに吐き出された言葉は、その場の雰囲気に全く似合わないほど、気だるさが滲んでいた。

「一匹見つければ三十匹はいる。貴様らはGか?本っ当に反吐が出る」

 なんてことないような、それこそ害虫を駆除するかのような様子で、その人物はその祝福された力を振るう。

「クソっ!?聖騎士か!」

 吸血鬼は慌てて距離を取るも、並外れた聖術の使い手の前では、距離など無いに等しい。その白き力は、閃光の如き速さで吸血鬼へと迫る。

「グァあアああァあァぁァアア!」

 聖術を受け、悲鳴を上げて崩れ落ちた吸血鬼の身体は、腹部が貫通され、焼け爛れたかのようにプスプスと音を立てている。夜闇に白い煙が浮かび、消えていく。

「しぶといなあ。害虫はさっさとくたばれ。そんなとこまでGに似ているとは。ああ不愉快だ」

 ただ、淡々と作業のように、その聖騎士は吸血鬼を追詰めていく。その力の差は歴然としていた。 

 一歩、また一歩と、およそ戦闘しているとは思えない程にゆっくりと、一歩ずつ距離を詰めていく。吸血鬼もすぐに傷を塞ぎ、逃げようとするが、聖騎士が軽く腕を降っただけで、彼は光の鳥籠に囚われる。

――勝てない。

 リーレはその姿に畏怖を覚えた。自分達のいた場所を襲撃した者達は、まだ勝ち筋も見えたというのに、この聖騎士には、何一つとして勝てるビジョンが見えない。襲撃してきた者達も非常に練度は高く、剣術と聖術を用いた集団戦法に苦戦を強いられた。しかし、目の前にいる聖騎士は剣を抜くことなく、聖術のみでここまで圧倒しているのだ。その身に宿す膨大な祝福と魔力は測り知れず、また、剣を抜いたのならばどうなるのか、想像したくもなかった。

「おや、その眼は……。貴様、何処でに出会った?ここに来ていたのか?」

「知らねェな。俺がどうしてこうなったのかも分かんねェ。俺に分かるのは、死んだと思ったら生きてて、でもやっぱり死んでたってことだけだ。あんたが望むようなことは何一つとして無ェよ」

 吸血鬼は諦念に満ちた声で淡々と語った。

「そうか。ならば死ね」

 白い檻が収束し、吸血鬼は塵となって消えた。

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