ウォーレンの焦り

 その後、NEOとの再々決戦は半月後と決まった。

 季節は夏の盛り。NEOの暴走から二月ふたつきが経過しようとしている。純真にとっては激動の二か月だった。今度こそ終わりにするという決意で、純真は再々決戦に臨む。


 だが、NEOは先手を打って来た。四大大陸の人口集中地域に、六機ものアイアントールを送り込んだのである。対象となった国は、南アフリカ、インド、中国、オーストラリア、ブラジル、アメリカ。

 全てを同時に倒すのは不可能であり、戦力的に考えても、諫村単独と残りの三人という二チームに分ける以上の事はできなかった。

 諫村は一人でオーストラリアから中国、そしてインドへと移動。残りの三人はアメリカから、ブラジル、南アフリカへと向かう。そう指示された事に対して、純真は表立って不満を言いはしなかったが、やはりアメリカが優先されるのだと思わざるを得なかった。良し悪しの話ではなく、そうなるのだと。



 アメリカに落下したアイアントールは、ニューヨークを蹂躙していた。

 アイアントールには雷山・嵐山の代わりに、ウォーレンの乗るビーバスター一号機が同行している。一号機には宇宙で見た時から更に改修が加えられていた。大気圏内での活動を重視して、機体全体が流線形をしており、背面に飛行用のウィングも装備している。


「また会ったな、純真」

「ウォーレン、何をしに来た!」


 敵意を剥き出しにする純真に対して、ウォーレンは告げる。


「最早お前は脅威ではない。次の標的は諫村忠志だ。奴を超えるため、お前たちには犠牲になってもらう」

「ふざけるな!」


 アイアントールを止める前に、三人はウォーレンを止めなくてはならない。純真はソーヤとディーンに指示を出した。


「ウォーレンは俺が止める! ソーヤとディーンは距離を取って狙撃してくれ!」


 彼は正面からウォーレンを引き付ける。

 ウォーレンは純真の思惑を分かっていながら、敢えて自らパーニックスに当たる。地上用に調整されたビーバスター一号機は、圧倒的な機動力でパーニックスに迫る。


「来い、純真! 小細工は無用だ!」

「こいつ!」


 純真は翻弄されながらも、一号機にランスを向ける。だが、一号機はランスを左手で掴み止め、そのまま右手でパーニックスの頭部を押さえた。


「遅い、遅い! 弱いぞ!」


 純真はエネルギーを奪い取られる感覚に、寒気がして身震いする。


(負けて堪るか!)


 しかし、弱気になってはいけないと気を張って、一号機の頭部を掴み返した。

 そこへソーヤとディーンが冷凍砲で援護射撃するが、背面から冷気を食らっても、ウォーレンは意に介さなかった。強力な熱気のバリアが彼を守っている。


「三人がかりなら私を止められると思ったか?」


 ウォーレンにエネルギーを奪われる中で、純真は再び彼の心に触れる。焦り、怒り、恐れ……。

 純真は真剣にウォーレンに尋ねた。


「あんた、分かってんのか? 俺たちを倒したところで、あんたは死ぬんだぞ!」

「それこそが望みだ!」

「どうして死にたいんだ? イサムラさんにエネルギー生命体を預ければ、誰も死なずに済むのに。あんただって生きていれば……」


 彼にはウォーレンの心が分からない。どうして死のうとするのか。何故、死ななければならないのか。その純粋な疑問が、ウォーレンの逆鱗に触れた。


「生きていればだと!? お前には分かるまい! これまで何不自由なく、のうのうと生きてきたお前には……!」

「オレは……オレも死んだって良いと思ったよ。家族や皆が助けられるなら」

「甘えた事をかすなっ!! お前に私の気持ちが分かるか!? 分かって堪るかっ!!」


 ウォーレンは怒りの炎を燃え上がらせて、自機ごとパーニックスを真っ赤な超高温の熱球に包み込んだ。


「十年、十年だぞ!? この世に生を受けて十年、私は人生のドン底にあった! 黒人ブラックでも黄色人イエローでも、ヒスパニックでもない、純粋な白人のアメリカ人の孤児が、どれだけ惨めな存在か! お前に分かるか!? 次の十年、適合者としての適性を見出され、やっと私の人生に光明が差した! 運命だったんだ!! 世界を救う崇高な犠牲となる事で、私の心は救われた! それなのに……それなのに!!」


 彼は純真を吸収しようとはしていない。完全に純真を拒絶して、憎しみの炎で焼き尽くそうとしていた。


「私には他に何も無かった! 十年間、誰からも死ぬ事を望まれて、名誉ある死を遂げるためだけに生きた! それが、それが……今更だっ!! 今更、生き延びて何をしろと言うんだ!? 惨めな人生に戻れと言うのかっ!」

「ウォーレン……」


 純真はウォーレンに言い返す事もできず、ただ彼の激怒に打ちのめされる。それが一層ウォーレンの怒りを煽る。


「憐れむな! 高みから私を見下すなっ! 同情するくらいなら死ねぇーっ!!」


 そこまでの絶望なのかと、純真は愕然とした。彼は上木研究員から適合者の運命を聞かされ、ディーンからもランドの伝言を聞かされた。適合者たちは最初から死ぬために生かされ、それを遂げるためだけに生きていたと知っていた。

 だが、所詮は表層的な理解だった。ウォーレンは他の適合者たちとは違う。物心が付く前から適合者として生きて来た子供たちとは違い、彼には孤児として生きて来た十年間があった。


 純真はウォーレンの言葉を戯言と切り捨てて、冷徹になる事ができない。彼は自分が助かるために必死になる事はできても、躊躇なく人を殺す事はできなかった。同じ適合者同士で心が通じるために、尚更……。

 当初、彼の敵はNEO――エネルギー生命体と機械だけのはずだった。


 ウォーレンに圧倒されたまま、純真は高熱に焼かれるも、苦しさは無かった。これまで純真は怒りと恐れでエネルギー生命体の力を引き出して来たが、ここに至って彼は悲しみと哀れみから、新たな力に目覚めようとしていた。


 憎しみの炎を純真は吸収して、パーニックスとビーバスター一号機、更には二号機と五号機に加えて、アイアントールまで纏めて高熱の球体の中に包み込む。味方であるはずのソーヤとディーンさえも、目の前の現象に理解が追い付かない。


「純真、これは一体!?」

「大丈夫なのか、純真!」


 二人と二機も高熱の中にありながら、苦痛は感じなかった。一方で怒りのままに我を忘れ、炎を上げるばかりのウォーレンは異変に気付かない。


「Burn out anything and everything!!」


 彼の目に映るものは、全てを呑み込んで燃え広がる、怒りの炎だけ。

 最初にアイアントールが高熱と高圧力に耐え切れず、爆散した。しかし、その爆風も熱線も拡散せずに、集束して円を描きながら巡り始める。

 ここに来てウォーレンは初めて、純真の異変に気付いた。


「What...what's happen'!?」


 純真はプラズマ化した大気を操っている。自らが吸収した莫大なエネルギーから、新たなエネルギー生命体を生み出す事によって。無数のエネルギー生命体の反応が、高熱の球体の中に蠢いている……!


「純真、お前はどこまで……」


 ウォーレンは心の底から恐怖した。彼は多くのエネルギー生命体を吸収して、純真をも上回る力を手にしたはずだった。それなのに純真は全く予想外の方法で、ウォーレンを更に上回る。


「Can't I still exceed him...? Why...why...」


 ウォーレンは歯噛みして、機体を急上昇させ、熱球から逃れた。そして一度地上を見下ろし、苦々しい表情を浮かべて、宇宙空間に向かって再上昇する。

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