失意の中で

 失礼にも新戸内との面会を勝手に打ち切った純真は、真っすぐ自室に引き返した。余りの無理解に腹の中が煮え繰り返って、敬意を払う気にもなれなかった。そして彼に言われた「日本の代表」という言葉を思い出して、無性に虚しくなった。


 純真は政治家と渡り合うには若過ぎた。そもそもが対等な立場ではないから、面と向かって説得する事も、交渉する事もできない。

 上木研究員や祖父・功大を罪に問わない様に願うのであれば、無闇に新戸内に反論せず、下手に出て従順になるべきだった。しかし、それは同時に真実の隠蔽に加担する事でもある。若い純真には、清濁を使い分ける事ができなかったのだ……。



 それから再決戦までの二日間、純真はなかなか眠れない夜を過ごした。彼の怒りと失望は深かった。会うべきではなかったと思っても、もう遅い。

 純真にできる事は、地球を救って英雄となり、その発言力で真実を明らかにする事だけだ。だが、真実を明らかにすれば、国としての日本の名声は地に落ちるだろう。今度こそ二度と立ち上がれないかも知れない。それが本当に正しい事なのか、純真には分からない。

 彼は自分が日本人である事を恨んだ。個人のアイデンティティを国に求めてはならないのだが、今まで彼は二つを区別して来なかった。

 純真は人間的に成長しようとしている。成長には痛みが伴うものだ。彼は自分という存在が何にも先んじて一人の人間であり、そのために戦うのだという事を知らねばならない。



 迎えた再決戦当日。純真はパーニックス搭乗前に、上木研究員に問われた。


「体調はどうですか?」

「ああ、大丈夫です」


 それは強がりではなかった。気分は最悪で、明らかに睡眠不足だったが、体調は悪くはない。全ては純真に宿っているエネルギー生命体の仕業。

 純真は徐々に人間離れしはじめている。超能力が使えるからではない。人間の生理的な活動、食事や睡眠を必要としなくなりつつあるのだ。


 パーニックスに乗った純真、強化型ビーバスターに乗ったソーヤとディーン、三人と三機はNEO討伐に宇宙へと向かう。三機は大気圏突破用のブースターを装備しているが、これは宇宙空間に出た時点で切り離す。

 パーニックスの武装は出力が強化された冷凍砲とアンカーランス、断熱シールド、レールガン、両腕に内蔵されたプラズマ発生装置。背面にはエネルギー吸収用の展開式ウィングパネルが付く。アンカーランスの素材は、十年前に宇宙人が東京湾に突き刺した錨の芯と同質の高熱伝導合金。

 強化型ビーバスターにもレールガンと展開式ウィングパネルが付き、アージェントランスと冷凍砲は据え置き、シールドの代わりに断熱アーマーを装備する。

 パーニックスが適合者に宿っているエネルギー生命体に大きく左右される性能なのに対して、強化型ビーバスターは安定性に重きを置いている点が異なる。これは開発コンセプトの違いだ。より強力なエネルギー生命体を持つ者に、より出力の大きな機体を与えようとしたのが、パーニックスなのである。


 純真は試運転の時よりも、機体を動かし易いと感じていた。彼は念のために上木研究員に尋ねる。


「上木さん、パーニックスの調整を変えましたか?」

「いいえ、本番で急に使用感を変える様な真似はできませんよ。何か問題でもありましたか?」

「いや、そんな事はありません。動かし易いと思っただけです」

「あぁ良かった……。それだけ気合が入っているんでしょう。無事に帰って来てください」

「はい。必ず」


 三機は徐々に速度を上げて、空高く飛翔した。


 純真は特に強いGに耐える訓練をして来なかったが、苦痛は全く感じない。寧ろ、加速の際にかかる負荷が心地好い。全てがエネルギーに変わり、自分の中に取り込まれて行く感覚がある。NEOと戦う事にも恐怖は無い。熱に浮かされて正常な判断力を失っている様に、今の自分は無敵だと信じている。戦いが終わった後の事は、なるべく考えない。想像するだけで嫌になる。日本がどうのアメリカがどうのと、何もかも煩わしいだけだ。彼は雑念を振り払おうとしたが、新戸内の自信に満ちた顔を思い出し、ほんの一瞬、どす黒い感情の衝動に頭を支配された。


(奴だけは絶対に許さない……)


 彼はNEOとの戦いに集中すべく冷静になろうとするも、それは小さな染みとなって彼の心に居座り続ける……。

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