決戦当日

 上木研究員が言った通り、一週間後に適合者たちはNEO討伐の最終作戦を実行する事になった。

 研究所の適合者たちにとっては、この作戦が最初で最後の本格的な実戦となる。NEOは未来予測が可能な学習機能を持っている。パイロットの癖は見切られるし、一度使った技術も通用しない。これに失敗したら次は無いという覚悟で立ち向かわなくてはならない。


 NEOの現在位置は太平洋の上空四万キロメートル。ビーバスターは宇宙空間での運用も想定して設計されているが、実際に宇宙空間でも十分な性能を発揮できるかどうかは、やってみなくては分からない。

 シャトルやロケットを打ち上げようものなら、確実にNEOに察知されて妨害される中で、どうやってビーバスターを宇宙に持って行くかというと、ビーバスターが編隊を組んで宇宙空間まで飛翔するのである。ビーバスターが単体で大気圏突破能力を持っているのではない。適合者の能力を以って、機体の限界を超えるのだ。


 NEO討伐隊は当然、ビーバスターに乗る研究所の適合者五人である。彼らがNEO討伐に向かっている間、サイパン島の防衛は純真が一人で担う事になった。



 決戦までにも純真の訓練中にNEOの襲撃があったが、再び彼が機体のコントロールを失う事は無かった。まだNEOは適合者たちの手の内を探っているのか、本格的にサイパンを攻撃する事もなく、防衛は討伐隊の五人だけで間に合った。

 そして大きな問題も起こらず、静かに運命の日を迎える……。



 宇宙に上がるNEO討伐隊のビーバスター五機は、これまでとは違い、完全武装していた。装着式の追加装甲とブースター、高速で実弾を射出するミニレールガン、そして対エネルギー生命体の必殺兵器・冷凍砲。

 研究所の科学者たちは、NEOは既存の戦闘に関する情報の蓄積はあっても、十年前を含むエネルギー生命体との戦いに関しては無知だと見込んでいた。いかに高性能なAIが相手でも、不意を衝けば勝算は十分にある。既存の兵器では傷付かないと油断している所に、新兵器を当てる。機会を逃さずに一機に叩けば勝てるのだと。


 夜明けと同時に、人類の希望を背負い、五人の適合者は宇宙に上がる。それを純真は格納庫で静かに見送った。

 五機のビーバスターが成層圏に到達した段階で、純真の乗る六号機は発進して海中から浮上する。

 NEOは可能な限り討伐隊の妨害をしようと、地上を攻撃するだろう。しかし、討伐隊の行動は地上との連携を前提にしていない。作戦に関する指揮はリーダーのウォーレンに委ねられている。



 討伐隊が地上から離れて、三十分後――熱圏に到達した五機は、地上に降下するNEOの子機の集団と擦れ違った。当然、討伐隊は子機の群れを相手にしない。雑魚には構わず、一分一秒でも早くNEOの本体を叩くのだ。

 本来、NEOは機能の中枢を持たない、ネットワーク・クラウドである。NEO計画の性質上、そうでなければならないし、その様に設計してある。完全な未来予測システムに、本体を叩かれたら全てが終わる様な脆弱性を持たせてはならない。

 そのはずなのだが、これがエネルギー生命体の性質と合致しない。エネルギー生命体は強力なリーダーを中心にエネルギーを集めるので、必ず本体が存在する。

 それさえ叩き潰してしまえば、NEOは人類全体の脅威ではなくなるが、日本の優位を保つためだけのNEOは日本以外には不要なので、最終的には全て破壊する事になる。仮にNEOが暴走しなかったとしても、アメリカは目障りなNEOの破壊を計画しただろう。全てを含めて、「NEO討伐」なのだ。



 討伐隊がNEOの本体と接触するまで約四時間。五人の適合者たちは飲まず食わずでNEOに向かって加速を続ける。エネルギー生命体との適合が進行した適合者は、最終的には人間としての生理活動が完全に停止する。結果ほとんど飲食を必要としない。エネルギー生命体から供給されるエネルギーのみで活動する様になる。

 そこまで適合が進行するのを待って、NEO討伐は決行された。それもこれも全て計算の上。次が無いというのは、NEOが対策してくるからだけではない。適合者たちもこれ以上適合が進行すれば、人間としての意識を失う可能性が高い。ここで作戦が失敗すれば、NEOに加えて適合者まで人類の敵になってしまうのだ。

 だから、純真が切り札になる。



 討伐隊がNEOと接触するまで残り三時間。純真は地上にてNEOの子機の集団を迎え撃つ。相変わらずNEOの子機は全て球体で、大きさもビーバスターの半分以下。これまでと変わった様子は見られないが、上木研究員は警告する。


「純真くん、NEOも今日はこれまでとは違うと考えているはずです。気を付けてください」

「はい」


 彼女の警告通り、今日は違った。NEOの子機は一斉に研究所に向かって突進を始める。その数の多さに純真はどれから対処して良いか分からない。

 上木研究員の指示が飛ぶ。


「純真くん、どれでも良いから、とにかく止めてください! ただの突撃とは思えません! 自爆するかも!」

「は、はい!」


 純真は手近な子機を落としに向かった。今までとは違い、一機ずつ捕獲して無力化させるのではなく、鬼ごっこの様にタッチして無力化させていく。それだけで十分だと純真は直感的に判断していた。彼のエネルギー吸収効率は範囲・強度の両面で格段に上昇している。同時に彼自身その事実を完全に把握している。同じエネルギー生命体の強さ、その力量差が、適合者の彼には分かるのだ。この場にいる全ての敵は取るに足らない雑魚。触れるだけでコロコロと地上に落ちていく。


 純真は研究所を守るために、大きく円を描いて周辺を旋回する。だが、止め切れない。敵の数が多過ぎる。数機の子機が研究所に取り付いて、大爆発を起こした。


(自爆した!? いや、違う……あれはエネルギー攻撃!)


 爆発の正体は反物質砲だ。威力を可能な限り減衰させないために至近距離で発射しているので、あたかも自爆攻撃の様に見えるが、子機自体は生きている。

 しかし、反物質砲は一度限りの攻撃。いかにNEOでも反物質を一度には大量に生成できないし、一機に大量に保持させる事も難しい。だから無数の子機に少量ずつ保持させて突撃させる。

 そして攻撃を終えた子機は速やかに離脱する。


「上木さん、大丈夫ですか!?」


 純真はNEOの子機を落としながら、上木研究員に呼びかけた。

 彼女の返答は冷静だった。


「はい、大丈夫です。研究所の職員は全員地下に避難しています。地上部が破壊されても、地下にまで侵入されなければ問題ありません」


 純真は安堵の息を吐くも、NEOの子機は増え続ける一方だ。まだ戦闘が始まってから一時間も経過していない。

 討伐隊がNEOと交戦するまで、まだ二時間以上もある。そこからNEOを倒すまでに何分、何時間かかるかも分からない。果たして、純真一人で守り切れるのか?

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