ビーバスター六号機

 純真と上木研究員は真っすぐ地下格納庫へと向かう。

 地下格納庫に着いた二人はキャットウォークを移動し、格納庫の隅にひっそりと直立した状態で固定されている水色のビーバスターの正面に立った。他のビーバスターは出動中か、それとも整備中か、この場には見当たらない。

 純真は初めてビーバスターを間近で見る。大学のロボットより大きくて頑丈そうだというのが、改めて見た時の感想だった。今回、彼が試乗するビーバスターは六号機。他の機体が故障した際の予備として置かれていた物。

 外倒しに開いたハッチからビーバスター六号機に乗り込む……前に、純真は上木研究員に尋ねる。


「パイロットスーツって無いんですか? 他の人が着てたダイバーみたいな格好の」

「現在準備中です。今日は訓練ですから必要ありませんよ」

「そうですか……」

「取り敢えず、乗ってみてください」


 純真はゆっくりとビーバスターに近付き、まずはコックピットを覗き込む。内部に照明は無いが、開いたハッチから差し込む光で、中の様子は分かる。

 広さは一人乗り自動車の運転席の様だ。座席には上から被って全身を固定するタイプのシートベルトと、後ろ髪の様にコードが伸びているフルフェイス型のヘルメットがある。

 純真はヘルメットをどかして、座席に腰を下ろした。座り心地は全く乗用車の座席であり、悪くはない。

 上木研究員が外からコックピットを覗き込んで、純真に尋ねる。


「どう? 狭くありませんか?」

「狭くはないですけど」

「一度ハッチを閉めてみます。シートベルトを締めて、ヘルメットを被って」

「あ、はい」


 純真は言われた通りに、シートベルトを締めてヘルメットを被った。ヘルメットは密封されているが、息苦しくなったり、フロントシールドが曇ったりはしない。


「大丈夫そう?」

「はい」


 上木研究員の再確認に、純真は大きく頷いた。それを受けて彼女は言う。


「では、ハッチを閉めます。その後はヘルメットの通信機能で指示を送ります」


 上木研究員がロボットから離れると、ゆっくりとハッチが閉まる。

 コックピット内が真っ暗になったので、純真は少し怖かった。数秒後にヘルメットのスピーカーから上木研究員の声が聞こえる。


「純真くん、聞こえますか?」

「はい、聞こえます」

「現在の状況を教えてください」

「状況って……真っ暗ですけど。何にも無いですよ?」


 コックピット内にはモニターもインパネも見当たらない。困惑する純真に上木研究員は告げる。


「今からヘルメットのシールドに頭部カメラの映像を投影します」


 直後、純真が被っているヘルメットのフロントシールドに格納庫内の様子が映し出された。コックピットより数メートル高い位置からの映像だ。この機体に乗り込むために歩いて来たキャットウォークが、シールドの下部に映り込んでいる。


「見えますか?」

「見えます、見えます」


 純真が無意識に頷くと、視界も同調して上下した。

 これはもしや……と思った彼に、上木研究員が解説する。


「今、純真くんが見ている映像はロボットの頭部カメラのものです。そして、この機体はあなたの脳波を読み取って動きます」

「そうなんですかぁ……。新所沢の大学で造ってたロボットと同じなんですね」

「はい。純真くん、新所沢科学技術大学のロボットを見た事があるんですか?」

「兄貴が大学でロボットの開発を手伝ってたんで、その関係で」

「ああ、そうでしたか」

「でも……上木さんは何で大学のロボットの事を知ってるんですか?」

「あの大学の設立には、国立さん――あなたのお祖父さんが関係しているので」

「えっ!? はぁ、裏で繋がってたんですか……」


 上木研究員の言葉に純真は初めこそ驚いたものの、これまでの経緯を顧みて納得した。先生が祖父・功大を学校に呼んだ事にも、理由があったのだ。


「オレ、多分このロボット動かせますよ。動かしてみましょうか?」


 純真の申し出に、上木研究員は慌てて言う。


「ちょっと待ってください! 今、フィクシングを外します! Prepare for starting! Open the sixth route!」


 彼女の指示でキャットウォークが左右に分かれ、ビーバスター六号機の固定具が外される。

 目の前が開けたので、純真はビーバスターを前進歩行させてみた。彼が意識した通りにビーバスターは動く。機体の揺れにも焦りはしない。一度は経験した事だ。機体の完成度は大学のロボットとは比較にならないので、安心感も違う。

 純真は好い調子でロボットを動かしていたが、上木研究員が慌てて彼を止めた。


「ストップ! 純真くん、止めて!」


 何か失敗してしまったのかと思い、彼はドキッとして動きを止める。同時に機体もピタッと止まる。


「な、何かやってしまいましたか?」

「いえ……危険ですから、勝手に動き回らないで欲しいだけです。取り敢えず、私が指示した通りに動かしてみてください」

「あっ、はい、そうですか」


 純真は格納庫の中を、上木研究員の指示通りに動き回る。前進・後退・横歩き・振り返り・しゃがみ・俯せ・起き上がり……動作の中で巨大ロボットの中でコックピットは横倒しになったり、吊り下げられたりする。シートベルトで座席に固定されていても、機体の外見以上にコックピットは激しく動く。だが、純真は不安にはならなかった。操縦システムの補助もあり、彼の身体の感覚はコックピットの内部ではなく、機体の方と同調していた。

 全ての動作をそつなくこなし、純真は訓練の様子を見に来ていた研究所の責任者らに、ビーバスターのパイロットとしての適性を見せ付ける。今回の試乗は実質的には適性試験だったが、当の本人は彼らの存在を知らず、気楽なものだった。



 基本的な動作の確認を終え、再び定位置に戻ってビーバスターからキャットウォークに降り立った純真を、上木研究員が迎えた。


「純真くん、お疲れ様。この調子なら、すぐにでも屋外での訓練に移れそうです」


 純真は閉め切られたコックピットから出られた開放感から、大きく息を吐きながら彼女の言葉に頷く。


「えーと、それって実戦にも出られそうって事ですか?」

「それはもうちょっと訓練しないと何とも……」

「ああ、はは、そうですよね」


 彼は少なくとも自分が無力ではない事に安堵していた。

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