第4話

 何を言っているの?

 私がそちらを見ると、そこにはリンダがいた。彼女はくすりと悪い笑みを浮かべた。……きっと、その笑みの真意に気づいたのは私だけだろう。

 周りからすれば、あくまで微笑を浮かべたにすぎないはずだ。


「彼女は実は……清らかな女性ではないのかもしれませんね」

「何を言っているのですか。……私は、れっきとした清らかな女性です」

「それでは、どうして、すべての清らかな女性が契約できている精霊と契約を結べていないのでしょうか? あなただけですよ?」


 リンダがそういうと、そのありえない言葉が伝染していく。


「……まさか、本当に?」

「……実は裏で遊びまくっていた、とかか?」

「まさか……でも、精霊と契約できていないのは事実だしな」

「……精霊と契約を結ぶ前から、体を汚すとは……なんて女だ」


 そんな話があちこちで上がっていた。

 ありえない。ありえない!

 私はそんなことはしていない。


 だけど、一度生まれた疑念を解消することはできなかった。

 さらに、リンダがはっと思い出したように叫んだ。


「もしかしたら、彼女は呪われているのかもしれませんね……っ。皆さま、お気を付けください! 呪いの類によっては、人に移る可能性があるとも聞きます!」


 リンダはさらにふざけたことを言うが、錯乱し始めたみんなは……その言葉を信じるように私から離れていく。


「そんなことありませんわ!」


 私は必死にそう訴えかけたが、一度伝染してしまった不安を私がぬぐえるはずがなかった。

 誰か、助けてよ……っ。

 もう私ではどうしようもない。……問題を起こしてしまっている私がいくら叫んだところで、誰も信じてはくれない。


 だから、私は訴えかけるように家族を見る。

 

「でたらめだ!」

「ええ、そうよ! 私の娘がそんなことをするはずがないわ!」


 しかし、そう声をあげた両親さえも……白い目を向けられてしまった。


 ……なんで、なんで、こんな馬鹿げた言葉をみんなは信じているの?

 私は泣きたい気持ちをぐっとこらえる。……人前で涙を見せるなんて、弱い真似はできない。


 だけど――私はウェンリー王子と目が合って、その決意がぐらりと傾いてしまった。

 ……彼もまた、まるで汚物でも見るような目で私を見ていたのだ。

 

「ま、まさか……ウェンリー王子? そんな戯言を信じるのですか?」

「よ、寄るな……っ! せ、精霊と契約できない女など、聞いたことがない! 貴様……僕という婚約者がいながら、裏で男と遊んでいたのだな!?」

「そんなことはありません! 私は――」

「ち、近づくな! 精霊と契約できないということはつまり、おまえは清らかな乙女ではないということだろう! この女を捕らえよ!」


 ウェンリー王子が声を荒らげ、騎士を仕向けてくる。

 ……私は――誰とも交わってなどいない。

 

 きっと、きちんと調べてもらえば、この無実を証明できるはずだ。

 そうすれば、きっとまた……ウェンリー王子も私を愛してくださるはずだ。

 騎士に押さえつけられた私を見て、ウェンリー王子が指を突きつけてきた。


「貴様のような女が婚約者だとなれば、我が国の恥だ! 貴様との婚約は、破棄させてもらう!」

「……」


 その言葉に、胸が張り裂けそうなほどの痛みに襲われる。でも、ぐっとこらえた。

 ……きっと、真実を知ればまた戻ってきてくれる、と。


 騎士に連れていかれながら、私がちらとリンダを見ると、彼女は口角を吊り上げていた。

 ……リンダ。

 あなた、私に何かしたの?

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