第7話 神楽坂小夜は一緒にこねたい

 買い出しを終えて、俺たちは並んで家に着いた。


「ただいまーです」


「一人暮らしだから家には誰もいないぞ」


「こういうのは気持ちが大事だからいいんです。あと、こういうの言ってみたかったですし……」


「ああ、そうか……」


 そう言った神楽坂の表情がどこか物憂げだったので、曖昧な返事で不覚にも茶を濁すしかなかった。


 ただ、玄関でそのままってわけにもいかない。


「とりあえず荷物置こうか」


「そうですね」


 よいしょと買ったものがたくさん入った袋をお互いに廊下へ置く。


 袋は全部で三つあって、当初は女の子に重い物を持たせるわけにはいけないと思い、三つとも持つつもりだった。


 だが、神楽坂は予想以上に律儀で、


「私も持ちます」


 と懇願してきたのだ。


 退く気はなかったようなので、俺は一番軽い袋を神楽坂の右手に持たせ、残り二つを持とうとした。


 それでも神楽坂はもう一つも持つとか言ってきたので、妥協して一つは俺が右手で、神楽坂は左手で一緒に持つことになった。


 つまり、一つの袋はシェアするような形で持って帰ってきたのだ。


 さながら給食を運ぶ小学生が思い出されて、言い知れぬ恥ずかしさがずっと込み上げていたのだが。


 神楽坂は何ともなかったのか?


 そう振り返りながら、荷物をリビングへ運びだす。


「ご苦労様です、梓くん」


 そう言って、神楽坂は冷えた水が注がれたコップをくれた。


「おう。サンキュー」


 ほんと根は真面目で優しい、よくできたお嬢様だなーと感慨に浸っていると、彼女はさっそく晩御飯の準備に取り掛かったようだ。


 俺は薄い記憶を頼りに、タンスからあるものを探し出し、それを神楽坂に手渡した。


「あ、これ……」


「エプロン。お前制服だし汚れるのは嫌だろ?普段使わんからちょっと探すのに手間取ったが、着れそうか?」


「は、はい……ありがとうございます……」


 俺は男の中でも見た目に無頓着な方だったりするが、神楽坂は違うだろう。


 なるべく汚れるのは避けたいはずだ。


 紺色のエプロンをまとった彼女はきれいな黒髪が邪魔にならないよう一つにまとめようとしている。


 その際、ヘアゴムを口で咥えながら黒髪を結う姿やチラッと見える白いうなじが妙に俺の心拍数を上げてくる。


 可愛いし、なんだか綺麗だ。


 俗に言う制服エプロンという姿に心を打たれているうちに、神楽坂は慣れた手つきでほとんど準備を終わらせていた。


――――十数分後。


「自炊しないあなたは大人しく待っていてください」と言われた俺はちょこんとダイニングテーブルの前で腰かけている。


 親のごはんを待っている小学生時代を思い出す――


 って今日は小学生思い出してばっかだな。


 さすがに何もしないでいるのも気が引けたので、みじん切りにした玉ねぎを炒めている神楽坂に声を掛けた。


「なあ、神楽坂。やっぱり何か手伝おうか?」


「待っててくださいって私言いませんでしたっけ?」


「いや、まあ言われたけど、俺としてはただ作ってもらうってのはなんだか罪悪感が湧いてきてさ」


「わかってます。もう少ししたら梓くんにも手伝ってもらうことがあるのでそれまで待っててください」


「なるほど。了解した」


 元々、俺に何か手伝わせてくれるつもりだったようだ。


 そういえば、テーブルに乗っているボウルとか、これは……ひき肉だな。


 他にも調味料があるが、これらが何か関係しているのだろうか。


 素人なりに思案していると、炒め終わった彼女は俺の隣にそっと腰を下ろした。


「さて、梓くん。お待ちかねですよ」


「何かさせてくれるのか?」


「ええ。ハンバーグのタネを作ってもらいます」


「どうやって?」


「こねてください」


「あーお、おーん。わ、わかった。こねればいいんだなこねれば」


「絶対わかってないでしょその反応」


 ギクっ!?


 いや、こねるのは知ってるんだが、こうどの順番で?とかどのくらいこねるの?とか詳細を知らなくてだな。


 つまり。


「教えてくださいっ」


「フフンっ。よろしい」


 さっきは呆れた目をしていたのに、今は満更でもなさそうに鼻を鳴らす神楽坂。


 得意げながらも鼻につかない優しい教え方をしてくれたおかげで、楽しみながら神楽坂と具材をこねることができた。


 こね終わった肉の空気を抜くために、自分の両手でキャッチボールをするようにパンっパンっと投げる作業をし、出来上がったタネを並べていく。


「あ、あと氷を真ん中に差し込んでください。そうすると火を入れた時水蒸気になって全体に火が通りやすくなりますし、ふっくら仕上がります」


「神楽坂ってほんとに料理できるんだな」


「むっ。私のこと疑ってたんですか?」


「いやいや。そうじゃなくて、その。ギャップがあって……すごいいいなって思っただけだよ」


「いい……ですか……。フフッ――えへへ」


「えへへ?」


「な、なんでもありませんっ!空耳気味なんじゃないですか?」


「まだ何も言ってないんだが……」


 今の「えへへ」は俺の脳内に永久保存したぞ。グッジョブ俺。


 ニヤけそうになる顔を隠すため、視線をハンバーグのタネに移すと、不意に横から心臓に悪い言葉が流れて来た。


「また初めてができました」


「ん?何の初めてだ?」


 神楽坂は内緒話をするみたく耳を寄せ、こう言った。


「初めての共同作業……ですよ」


「んんんんんんん~~~~!?!?」


 びっくりして思わず、彼女を見ると、なんでそんなに動揺してるんだと言わんばかりに目を丸くしていた。


 まさか。


「共同作業ってどういう意味で言ったんだよ?」


「え?普通にハンバーグを一緒にこねたって意味ですけど」


 やっぱりか!共同作業の意味わかってねえ。


 俺は耳に残ったくすぐったい吐息の感覚に内心悶えることしかできなかった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

神楽坂と二人だけの調理実習したい人生でした……

どうも蒼下銀杏です。

毎度すみません。

面白い、続きも読みたいと思っていただけたのであれば、コメントかレビューを頂けると嬉しいです。

未熟者ですがこれからもよろしくお願いいたします。

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