第3話 暗根彩海は面倒を見る

「一緒に帰れば良かったじゃないのよぉ~~~~!」


「小夜様、頭を抱えてらっしゃる姿は大変可愛らしいのですが、淑女としての振る舞いというものをお忘れなきよう。あとうるさいです」


 放課後、いきなり小夜様に空き教室へ呼び出されたかと思えば、たいそうご乱心な様子だった。


 なにやら、梓様の家に晩御飯を作りに行く予定をこぎつけたまではいいものの。一緒に帰れば完璧だったのに、小夜様がご自分でそのチャンスを潰してしまったようです。


 ホントに小夜様は恋愛のことになると、とことん抜けてる方ですね。


 まあ、そこが可愛いんですが。


 これも私、暗根彩海くらねあやみに課せられたメイドとしての仕事だと思って小夜様を励ますことにした。


「よ~しよし。小夜様は頑張りましたねぇ~。ご褒美になでなでしてあげますね~」


「いやだぁ~~。暗根ちがう~。なでなでされるなら梓くんがいいぃ~~」


「フンっ!」


「いぎゃっ!」


「申し訳ございません小夜様。手が滑ってしまいました」


「主人の顔を机にめり込ませるメイドってどうなの?」


「これも一つの愛情表現。愛のムチというものです」


「あら、そうだったのね。なら許します」


 アホなのか?いや、アホですね。


 まるで疑うことを知らない幼稚園児のよう。


 それが小夜様の良いところでもあり、悪い所でもあるのですが、ここまでくると少し心配になります。


「ちなみに今のを愛情表現だからと言って梓様にはやらないでくださいね」


「え、ダメなの?」


「ダメです」


 やっぱりか。私が注意しなかったら梓様の鼻っ柱が折れているところでしたね。


 どこまでも純粋で汚れていなくて。


 小夜様にはいい意味でも悪い意味でもそんな真っ白い心があったからこそ、私は今もメイドとして従事できているのかもしれません。


 そう思うと、多少のわがままも笑って見過ごせ――


「うううぅぅ~~~。や、やっぱり今からでも梓くんを追いかけたほうがいいかしら。でもそんなことしたら好きってバレるかも~~もお~わかんないよぉぉ~!」


「とりあえず今日は約束した時間通りに行ったらいいじゃないですか。落ち着いてください」


 小夜様への微笑ましさ半分、いらいら半分の感情がやや声音に表れてしまった気がするが、そんなこと小夜様は気にも留めていないようだ。


「で、でも!」


「落ち着いてください。とりあえずこのプチプチあげますから」


 私は小夜様の荒ぶった感情を抑えるために用意しておいたプチプチをカバンから取り出す。


「これつぶしてていいので大人しくしてください」


「うぅ、ありがと……」


 プチっ。プチっ。


「えへへ~」


 あら可愛い。


 これだから小夜様のメイドは止められないんですよね。


 いつまでも幼児退行した小夜様を眺めても良かったのですが、それではこの時間は無意味に終わってしまうので、なでなでしたい欲求を消し去るように頭を振る。


「小夜様」


 プチっ。プチっ。


「えへへ~」


「小夜様」


 もにゅ(小夜様のほっぺたがつままれる音)


「も~なんれすか~?」


「大事なお話です」


「らいじ~?(大事~?)」


「はい。正直、今日小夜様がへまやらかして梓様と一緒に帰ることにならなかったことがラッキーなくらいです」


「むーっ。それどういうことですかぁ~?」


「お話は最後まで聞いてください」


 私は暗茶色をした短めの髪を揺らし、口を開く。


「小夜様は運転手のお迎えがあるのにどうやって乗り切ろうとお思いだったんですか?」


「あ……」


 単純な話。小夜様はおたんこなすですが、これでもお嬢様。


 送り迎えはいつも運転手が黒塗りの車を走らせているのです。


 なのに、今日からずっと誰かの家に行くとなると、当然帰りのお迎えはいらず、完全に疑問に思われるでしょう。


 そうなれば、今より外出条件が厳しくなる可能性も生まれる。


 特に、あの小夜様のお父様直属の使用人は確実に文句を言ってくる。


 このくらいのリスクマネジメントくらい普段の小夜様なら寝ててもできそうなのに。


 恋は盲目というやつですかね。


「そうだわ~~!どうしましょう!こ、これじゃあ梓くんの晩御飯を作ることも梓くんのシーツの匂いを嗅ぐこともできないじゃない!」


「嗅ごうとしてたんですか……」


「あわわわわわどどどどどうしましょしょしょしょ」


「小夜様、追加のプチプチです」


 プチっ。プチっ。


「えへへ~」


「それで話の続きですが、小夜様は何の心配もなく梓様の自宅へ通うことができますよ」


「え?」


 プチプチしていた手を止めるほど、小夜様には衝撃的だったようですね。


 私は選挙の演説みたく高らかに宣言した。


「私は怪盗キ○ドになれるからです」


 プチっ。プチっ。


「えへへ~」


「興味を失わないでください。私はいたって真剣です」


 フフンと鼻を鳴らして、私は怪盗キ○ドになれるという詳細を明かす。


「ついに作れたんです。小夜様そっくりの変装マスク。ほらっ」


 そう言って、私は目とか口とか鼻に穴が開いた小夜様の変装マスクを本人の目の前に遠慮なく突き出す。


「うわっ。ちょ、え……暗根、あなた……」


「そんな悲しいものを見るような目で見ないでください。これで小夜様が梓様とねんごろになってるとき、私が小夜様になりすますことで、当家の人間を騙しとおすことができるんですよ」


「ね、ねんごろってそ、そんな暗根ったら過激ですよ」


「小夜様の妄想ではいったいどこまでいってるんですか」


 わけのわからないタイミングで顔を赤くした小夜様をたしなめつつ、髪飾りなど変装の用意を机の上に並べ始めた。


 試しに本人の前でやってみようという腹積もりである。


「でも、あなた声は……ってそういえば声変えるのが得意だったわね」


「まあ特殊な過去を生きましたからね~」


 そう言いながら、順調に変装は進んでいき、ついにマスクをかぶって完成した。


 自分でも初めてで楽しくなってきたので、机の上に腰を下ろし、足を組んで、小夜様の声音でこんなことを言ってみた。


「さあ。さっさとひざまずいて足にキスしなさい」


「私はそんなこと言いません。やめてください」


「冗談の通じない人ですね。可愛いです」


「ったくあなたって人は。でもこれなら確かにいけるかも」


 小夜様は目を爛々らんらんと輝かせ、おそらく梓様とイチャイチャしているところを想像してほうけている。


「どうですか、小夜様」


「はい。これなら心配ありません。あなたには感謝しかないわ。やっぱり暗根は私のメイドね」


 うっ。小夜様。私にはその笑顔は眩しすぎます。


 そんなの見せられたら、嬉しくなってしまいます。


「あの、でしたら、また小夜様がお暇なときは屋敷で遊んでくれますか……」


「何言ってるの。そんなの言ってくれたらいつでも遊んであげるわよ」


 やっぱり小夜様は良い人だ。


 そんな良い人には幸せになってもらいたいから、私は少しアドバイスをする。


「小夜様なら梓様に何をしても多分受け入れてくれると思いますよ」


「な、な、何をバカなこと言ってるの!そんなことあるはずないでしょ!?」


 ああ。わかってないんだ、小夜様は。ほんとに可愛らしい。


「ではそろそろお時間ですので、私はこの辺で。小夜様、頑張ってください」


 私が別れの合図として控えめに手を振ると、小夜様はもっと控えめに手を振り返してくれた。


 そんな主人の愛らしいシーンを脳裏に焼き付けながら思う。


 恋のサポートもまだまだしてあげないと、ですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る