まいにちリハビリ道場

緒賀けゐす

5/19 「不在堂書店」

 さてさて世の中には、不在堂書店なる本屋が存在しない。

 しかし存在しないこととそこについて語れないことは同義ではなく、さればそこで働く住人についてもまた、存在の是非にかかわらず語る事が出来よう。


 不在堂書店は、この世に存在しない本を専門として取り扱う、出版業界のブルーオーシャン中のブルーオーシャンをターゲット層とした店だ。無限店の店舗と無限人の従業員を有し、その品揃えもまた無限。


 そんな不在堂書店(x=3, y=7i)西口店に、一人の客が足を運んでいた。


「なぁ、『存在しない本』ってのを探してるんだけどよぉ」


 その客は四十を越えただろうかという男で、ダボついたジーンズにくたびれたシャツ、その上に金銀財宝を散りばめた豪奢なコートを羽織っていた。といってもこの容姿がこの後の展開に関わることはないし、そもそも存在しないので割愛する。


「はい、ございますよ」


 カウンター越しに、整えられた髭のかっちょいいダンディな男が答える。彼こそがこの不在堂書店(x=3, y=7i)西口店の店長であり、併設するバーのマスターであった。

 店長の言葉に、男は待ってましたとばかりに口の端を上げた。


「おいおいおい、あんた自分で何言ってるのか分かってんのか?」

「と、言いますと?」

「俺が探してるのは『存在しない本』だぜ? それがこの店にある? はっ、何だよそれ、存在してるじゃねえか!」


 男がカウンターを叩く。隣で飲んでいた老人の、カウンターに置かれたウイスキーの水面が揺れる。書店のレジカウンターとバーのカウンターはシームレスに繋がっているのだ。

 はてさてこの厄介な男、どんな目的があってこのような難癖をつけているのかというと、それこそが彼の存在意義であるからだ。今この瞬間不在堂書店(x=3, y=7i)西口店にてそうするためだけに、僕がテキトーに生み出しました(生産者表示)。


「なるほど……そういうことですか」


 男の言いたいことの趣旨を理解した店長は、片手間にカクテルを作りながら、カウンター下からおもむろに一冊の本を取り出した。


「んだぁ……? これが『存在しない本』だとでも言うのかよ」

「ええ」

「どうせ、タイトルがそうだとかいうオチだろ? そんな事を言うようなやつがマスターの店なんざ、酔いなんてすぐ覚めちまうなぁ!」

「いいえ、違いますよ。これはあなたに、『存在しない本』を読ませることのできる一冊なのです」

「ほう?」

「確かに、存在しない本を我々が読むことはできません……。それはどうしてかというと、我々が今この時だけであれ存在しているからです。“実在”と“非実在”――この相反する性質のどちらかを有してしまった以上、もう片方には手を届かない。つまり我々が『存在しない本』を読むためにできるたったひとつの冴えたやり方は――」


 店長が本の表紙を開く。分厚い本の中の紙はくり抜かれていた。そこに入っていたものを素早く取り出し、店長は撃鉄を起こした。


「“実在性”の、剥奪」


 銃声が、鳴る。



 新書コーナーで陳列をしていたアルバイトの高橋くんは、本棚越しに聞こえてきた銃声に「またかー」と呑気な声を漏らし、再び業務を再開した。








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