第17話 ロボと少女とアクセサリーと ~水浸しお姉ちゃんを添えて~

戻ってきた『ティミリ=アリス』はイベントが終わったからと言って、何も変わっていない。

ヤギみたいな角を生やしたキャラクターが意気揚々と大正門をくぐっていく。

目が輝いているのは始めたてだからだろう。

横目で見送った俺に声がかかった。


「やりやがったな、ヒュージ」

「ウェンディの逆援のおかげだな」

「ぶん殴んぞ馬鹿」


顔面数センチ前で止まった豪拳に自らの拳を突き合わせる。


「まさか勝ちやがるとはな。Xジョブおそるべし、だな」

「俺を褒めていいんですよ」

「フッ」


鼻で笑いやがったな。

いや、確かにぼろくそに負けてもいいようにルルねぇに傍に控えていてもらったけどさ。

クランマスターだから強いとは踏んでたけど、一人で43人ノーダメージで瞬殺って……どれだけやりこんでるんでしょうか姉様。


「サンキュな。敵を討ってくれてよ」

「感謝の気持ちは38万の借金チャラで手を打とう」

「それとこれとは別問題だぜ」


PK連中が壊滅したからか、晴れやかな表情だ。

溜飲が下がったようでなによりだ。

あとは……。


「ルーチェは噴水前だ。行ってこい、ヒーロー」

「そんな柄じゃないでしょうが」


あとは、ルーチェさんのことだけ。

ウェンディの言葉に従って噴水へひた走る。

ルーチェさん、ログアウトしていなくてよかった。


「ルーチェさんっ」


噴水広場に着くと、縁に座って小さくなっているルーチェさんの姿が見えた。


「っ……ヒュージさん……」


俺を見上げるが、すぐに目を伏せる。

気まずそうに伏せた目が、少しだけ赤かった。


「ウェンディがここにいるって教えてくれたよ。すぐに見つけられてよかったよ」

「……」

「戻ってくる最中はログアウトしたんじゃないかって不安だったよ」

「……」


返事が、帰ってこない……!

間が持たないとき、シャイなオタクはどうればいいのか教えてくれ……!


「さっきの……」


頬をかいていると、ルーチェさんが小さく口を開いた。


「さっきの、PKとの闘い見てました」

「――」


俺は絶句した。

PK狩り前に証拠物件用に記録する、なんてテラ美が言ってたけど。

まさか、俺のイタイ台詞は全部筒抜けだった……!?


「あれって、私のせいですよね……」

「いや違うんだ!あれはテンションが最高にフォルティシモなだけで普段の俺はもっとクールな、」

「ヒュージさん」


誤魔化すな、と無言で圧力をかけられた。

このままふざけて流そうしたけれど、うまくいかなかったか。


「ごめんなさい。私が迷惑をかけたから、ヒュージさんに……!」

「違うよ、ルーチェさん」

「間違ってないです!」


ルーチェさんの頬に大粒の涙が伝う。


「ヒュージさんだけじゃない、ウェンディちゃんにも、ルルさんにもテラ美さんにも、いろんな人に迷惑かけて、こうして泣いてる自分が情けなくて、嫌いで……!」


ルーチェさんは、人の思いを尊んで涙を流せる人なのに。

そこまで自分を嫌いにならなくてもいいじゃないか。


「ルーチェさん、聞いて」

「……はい」

「俺が2人にアクセサリー渡した時の言葉、覚えてるかな?」

「え……?」


ルーチェさんは顔を上げてこちらを見てくれた。


「思い出が形になって残るのが素敵だって言ってくれてさ。見事に胸の内を当てられてすっごく恥ずかしかった」

「い、今はその話をしているんじゃなくてっ」

「それに、嬉しかったんだ。あの時の達成感は三人とも一緒だったんだって確信できたから、俺は頑張れたんだ」


あの時の気持ちは、ありふれたものだった。

それでも、ルーチェさんもウェンディも価値あるものだったと認めてくれた。

だからこそ、その結果を台無しにしたと悲しんでくれたんだし、俺がグラファイトに挑む後押しになったんだ。


「だから、ネガティブなセリフはノーサンキュー。俺たち初心者なんだから、ミスくらいするから、一々気にしてたらキリがないよ」

「ヒュージさん……」


俺はイベントリから奪い返したアクセサリーを取り出して、持ち主の手に押し込んだ。


「気にするなら、もっと楽しいこと考えよう。今回のイベントはPK騒ぎで散々だったからね。次回こそいい線目指そうよ?」


次回も同じイベントとは限らないけど、よりよい結果を目指すためのステップアップは不可欠だ。

きっと回復役のルーチェさんにはこれからもたくさん助けてもらうことになる。

俺がそう言うと、ルーチェさんは手の甲で涙を拭って笑顔を見せてくれた。

良かった、泣いてる顔よりもやっぱり女の子は笑顔のほうが可愛い。


「ヒュージさん、ごめんなさ」

                『……ん』

「お口ブレーキ」

                『お……』

「ふふ。そうでしたね。ありがとうございます」

                『……く』 


ルーチェさんは腰のベルトにアクセサリーぶら下げた。

嬉しそうに光ったのは、俺の見間違いだったとしても胸を熱くさせる。


                『と……』

「似合ってますか?」

                『う……』

「うん。おさまりが良いって言えばいいのかな」

                『……と』

「今度は押し倒したくなるって言ってくれないんですね?」

                『お……く』

「それは忘れて!」


過去の俺よ、なんでそんなセンシティブな褒め言葉を使ったんだ!

恥ずかしくて死にそうになって、顔をそむけた。

そこには――


「おとうとくん……」


――両目を剥いたルルねぇが真顔で噴水の中から此方を見ていた。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


これはルーチェさんの悲鳴ではない。

機械に置換されたことで肺機能が取り払われたことで繰り出せた、俺の大絶叫だ。


「ルルねぇ何してるんだよ!」

「え、ルルさん!?きゃっ!?」


振り向いたルーチェさんに水しぶきを浴びせながら、姉が這い降りた。

ホラー映画さながらの迫力に俺は腰を抜かしてしまった。


「いい雰囲気だよね……弟君。お姉ちゃんも混ぜてほしいな……」


生々しい負のオーラを放ち、姉を自称する妖魔が水滴を垂らしながらゆっくりと近付いてくる。

噴水から出現した存在に、広場が俄かにパニックになる。


「ひぃ、モンスター!?まだイベント終わってなかったのかよ!?」


モンスターじゃないんです俺の姉なんです。


「誰か〈サニー・サイド・アップ〉に連絡入れろ!」


そして、その〈サニー・サイド・アップ〉のクランマスターなんですよ。


「キャッキャウフフはいけないなぁって思って、お姉ちゃんずっと呼びかけてたんだよ……?」


ずぶ濡れの前髪からぎょろっと覗く目は血走っていて、俺を捉えて離さない。


「それなのに弟君ぜんぜん聞いてくれなくて……」

「かすれた声で何か聞こえてたような気はするけど、あれルルねぇの声だったのかよ!」


ラップ音だと思ってスルーしてたよ!


「とりあえず、クランハウスに行こうか弟君……PK騒ぎの処理しないといけないからね……?」

「行くだけならその手錠はいらないはずだ!」

「僕と握手って有名な言葉があるんだよ……?」

「四つん這いで手錠を咥えて迫ってくる存在と世の中のお子様は握手なんてしたがらないと思うな!」

「そんなことはどうでもいいの!」

「せめてツッコミ入れさせろおおおおおおおおおお!!」


会話を一方的に打ち切り、ルルねぇが四肢に力を籠め、そして石畳を砕いて跳躍した。


「お姉ちゃんも……お姉ちゃんももっと甘やかせーーーーーーーーー!」

「それが本音かああああああああああああ!?」


抵抗も逃亡もできず。

ルルねぇの陰で暗転する視界は、デスペナルティになるとはこういうことだと宣告されたも同然だった。





「ったく、何やってんだあの2人」

「あ、ウェンディちゃん」

「元気が出たようで安心したけど……どうした、お前。顔真っ赤だぜ?」

「……あのね、ウェンディちゃん」

「おう」

「顔も分からない人を好きになるのって……不毛、かな?」





【BW2】4ch PKスレより抜粋



Name たかし 18:35:14

〈ガラマカブル〉解散



Name たかし 18:37:19

>〈ガラマカブル〉解散

【トゥークル】のビギナーPKクランだろ

いつかぶっ潰されるとは思ってたけど、早かったな



Name たかし 18:37:53

なにやらかしたし



Name たかし 18:38:22

>なにやらかしたし

【サンディライト】で初心者狩りしたから〈サニー・サイド・アップ〉に目を付けられて全員デスペナ



Name たかし 18:38:44

>〈サニー・サイド・アップ〉

うっわ相手が悪い

事実上の【サンディライト】トップクランじゃん



Name たかし 18:39:07

>〈サニー・サイド・アップ〉

【エメリウム】原住民だから知らないけど、そのクランってやべーの?



Name たかし 18:40:14

>そのクランってやべーの?

お前の顔くらいにはやべーよ



Name たかし 18:41:20

>そのクランってやべーの?

>お前の顔くらいにはやべーよ

バケモンじゃん……



Name たかし 18:41:47

>そのクランってやべーの?

>お前の顔くらいにはやべーよ

>バケモンじゃん……



Name たかし 18:42:06

全員デスペナってマ?

クラマスのグラファイトって【トゥークル】の元アリーナランカーだろ

アイツも負けたん?



Name たかし 18:42:59

>アイツも負けたん?

もち

〈エクスマキナ〉にデスペナされた



Name たかし 18:43:31

>〈エクスマキナ〉にデスペナされた

嘘乙

あそこに〈エクスマキナ〉いねぇじゃん



Name たかし 18:44:00

>あそこに〈エクスマキナ〉いねぇじゃん

PVPスレに動画転がってたぞ、ほら

音が聞こえないのは仕様だから我慢しろ

(URL)



Name たかし 18:46:21

なにこれ



Name たかし 18:46:34

は?



Name たかし 18:47:26

後半の硬さIS何



Name たかし 18:48:06

氷の楯は【魔導士ウィザード】系の属性付与っぽい

硬さはマジでわからん



Name たかし 18:48:39

>【魔導士ウィザード】系の属性付与っぽい

〈エクスマキナ〉魔法使えねぇだろ



Name たかし 18:48:54

凍らせて即死させてたけど、そんなスキルあったっけ?



Name たかし 18:49:11

>凍らせて即死

モンスター相手なら【魔導士ウィザード】でもできる

対人に限定するなら、【魔導皇アンブロシア】レベルじゃないとまず無理



Name たかし 18:49:38

>【魔導皇アンブロシア】レベル

Xジョブじゃねぇか



Name たかし 18:50:04

あーでもXジョブならあの硬さも納得だわ

〈エクスマキナ〉でも属性バフ使えるし、VITが跳ね上がるスキルを持っててもおかしくないな



Name たかし 18:50:21

>〈エクスマキナ〉でも属性バフ使えるし

マジで【ダイヤリンク】にいるしな

炎を使う赤い〈エクスマキナ〉



Name たかし 18:51:09

おいたかし

動画見れないぞどうなってんだ



Name たかし 18:51:27

>動画見れない

多分消された

この動画、すぐ消されるんだよなー



Name たかし 18:52:16

>この動画、すぐ消されるんだよなー

グラファイトさん顔真っ赤っすよwww



Name たかし 18:52:43

マジでやってそうだからやめたれ

【無印版】からの古参だからって妙にプライド高いし



Name たかし 18:53:30

グラファイト粘着質なところあるからな

〈エクスマキナ〉くんちょっと心配だわ



Name たかし 18:53:50

>〈エクスマキナ〉くんちょっと心配だわ

グラファイトって現在進行形で無限PKされてるはず

当分『アトラスティア』から出られないから大丈夫だろ



Name たかし 18:54:16

>無限PKされてる

マジで何が起きてんの?



Name たかし 18:54:17

>無限PKされてる

kwsk



Name たかし 18:55:39

アイヴァンが妙にハッスルして、リトライポイントでずっと出待ちしてた



Name たかし 18:55:49

チャンプじゃねぇか!



Name たかし 18:55:50

【トゥークル】のアリーナチャンピオンが出待ちしてるとか怖すぎワロエナイ



Name たかし 18:55:57

>アイヴァン

しかもXジョブ持ちだろ、アイツ

初心者を狩ってたら自分がXジョブにPKされるとか皮肉もいいところだわ



Name たかし 18:56:22

あの人、無意味な戦いとか大っ嫌いだし

そりゃあぶち殺しますわ



Name たかし 18:56:36

けど態々一人PKするためにあの出不精がアリーナから出るもんかね?



Name たかし 18:57:00

>態々一人PK

意外とあの〈エクスマキナ〉に恋しちゃったんじゃね?

「この気持ち、まさしく愛だ!」って



Name たかし 18:57:14

やめろやめろ!

キモい想像させんな!



Name たかし 18:57:19

ここはPKスレだぞ!

薔薇スレ行け馬鹿!

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