第5話 【装城甲蟲】

俺が百合に挟まりたがるロボットに成り下がって20分ほど経過した。


「ヒュージ、そっち行ったぞ!」

「了解……ってうわっ!」


盾を構えたものの、モンスター……青い鱗の蛇の動きに惑わされ、腕に噛み付かれる。

HPバーがほんのちょっと減り、痺れるような痛みが腕から伝わってくる。


「ヒュージさんっ!」

「ダメージは大したことないから、回復は大丈夫っ」


【種族スキル≪鉄騎兵エクスマキナ≫によってバッドステータス【麻痺】がカットされました】


システム音声を聞き流し、俺は力任せに蛇を腕から引き剥がす。

逃げようともがく蛇をボールに見立て、俺は大きく振りかぶった。


「ウェンディ!」

「任せなッ!」


放物線を描いて宙を舞った蛇は、獰猛なオオカミ少女にターゲットされる。


「≪レイザーシャープ≫ッ!」


戦士ウォーリア】の攻撃スキルが乗った一撃が宙を薙ぎ払う。

3割あったHPはゼロになり、両断された体が地面につく前に光の粒子となって消えていった。


「いやぁ、ヒュージがいるとここの敵は目じゃねぇな!楽勝楽勝!」

「うん、そうだね。ありがとうございます、ヒュージさん」

「どういたしまして」


〈星遊びの洞穴〉の攻略は順調そのもの。

あれからモンスターを倒し続けて、三人ともレベルが2に上がったのもあるが、やはり俺の加入が契機になっている。


「バッドステータスが効かねぇのはやっぱズルくねぇ?」

「ズルいも何もそれが利点だろ」


俺が使えるスキルは二つ。

盾使いシールダー】のジョブ由来のスキルである≪アイアンクラッド≫。

一定時間だけVITが上昇するシンプルな効果だ。

2レベルに上がった今では、このダンジョンのモンスターの攻撃は食らっても全然痛くないくらいには堅牢になれる。

もう一つが、ウェンディにズルいと言わしめている≪鉄騎兵エクスマキナ≫、種族名を冠したデフォルトスキルだ。

マギアナさんの説明にもあったけど、俺は状態異常の7割をカットできる。

〈星遊びの洞穴〉はメルヘンな名前に反して、バッドステータスを扱うモンスター、先ほどの【アオイロマヒキバヘビ】や、最初に戦った大グモこと【ポイズンスパイダー】がうじゃうじゃ住み着いている。

俺がエクスマキナの大楯使いになることを予想していたから、璃々ねぇはこのダンジョンを勧めたんだろう。

……弟の種族とジョブを的確に当ててくる予知能力についてはこの際目を瞑ろう。


「んなことならアタシも〈エクスマキナ〉選べば楽だったかもなぁ」

「ロボットはいいぞ、ウェンディ。こっち側に来るなら全力で歓迎するが」

「ヒュージさん、目が怖いですよ」


気のせいだ。


「種族って話なら、ルーチェさんはいかにも人間って見た目だけど、ウェンディは見事な耳と尻尾が生え揃ってるよな」

「そりゃアタシは【獣人ヴァーナ】の狼族フェーンだからな」


これ見よがしに大きくてもふもふの尻尾を振って見せるウェンディ。

聞けばこの世界には獣の特徴を持った種族が住んでいて、総称して【獣人ヴァーナ】と呼ばれている。

彼らは複数の部族に分かれており、狼とよく似た耳と尻尾が生えている【獣人ヴァーナ】がウェンディの選んだ狼族フェーン


「ちっと打たれ弱ぇけど、AGIとDEXが高いんだぜ」

「ウェンディちゃん、昔から狼好きだもんね」

「おう!そりゃあ狼ほどこの世の中でサイコーにかっけぇ生き物もいねぇからな!」

「じゃあ、槍を使うのは?」

「リアルでよく使ってるから」


聞き間違いか?

……リアルで槍をよく使う、だって?


「じょ、冗談!ウェンディちゃんの軽い冗談ですからね、ヒュージさん!」

「あ、ああ!そっか、そうだよな!ビックリした!」

「別に冗談じゃねぇんだけどな」


海女さんとかヤの付く自営業の方じゃあるまいし、そんなことあるわけないよな。

俺は気を取り直して、ルーチェさんに水を向けた。


「それで、ルーチェさんは……」

「ヒュージさんの見た通りの人間さん、【神官プリースト】の【人間ヒューリン】です」

「尖った能力がなくて扱いやすいのがウリなんだとさ。せっかくのゲームならもっと冒険してみてもよかっただろうに」

「一理ある。こんなフラットなご時世だからこそ冒険心は忘れたら駄目だな」

「ヒュージさんに言われると言い返せないです……」


苦笑いするルーチェさんの髪を横から伸びたウェンディの手が荒っぽくかき回す。


「ルーチェはMMOどころかゲームをあんまやらねぇもんな。割かしリアルに近ぇ【人間ヒューリン】を選ぶのも仕方ねぇか」

「そうなんだ?」

「はい。ウェンディちゃんに勧められてこのゲームを始めたんです」


〈エクスマキナ〉の存在を教えてくれた璃々ねぇの言葉がなければ俺もパッケージを開封することなく、精々プラモの横に並べただけだっただろう。

途端にルーチェさんに親近感が湧いてきた。


「しっかし、ルーチェは恵まれてんなぁ。最初に出会ったプレイヤーが頼りになる野郎でさ」

「うん。ヒュージさんでよかったです。本当にありがとうございます」

「……お礼とか言われるほどじゃないよ」


ルーチェさんの信頼感たっぷりの笑顔に不覚にもときめいて、ぶっきらぼうに返してしまった。

臆面なく言われると、鼻がむず痒くなって堪らない。


「照れんなって、このシャイボーイめ」

「否定しないから、腋に肘鉄かますのやめろ!」


アタッカーのエルボーは、ヘビの噛み付きよりも遥かに強力でとっても痛い。

≪アイアンクラッド≫がなかったらダメージ入ってるだろ、これ!


「ほら!話すのはこれくらいにして先に進もう!クリアするんだろ!」

「へいへい。あ、ルーチェさっきのヘビのドロップアイテム回収しておいてくれよ」

「ふふっ、分かったよウェンディちゃん」


ルーチェさんはヘビが消えた場所に落ちていた牙を拾い上げてポケットに収納した。

プレイヤーのHPがゼロになると、そのプレイヤーのアイテムは装備品以外その場にバラまかれてしまう仕様なんだとウェンディが説明してくれた。

そのため、回復魔法が使えて、かつ一番HPがゼロになる危険性の少ないルーチェさんがドロップ品を管理してくれている。


「後で皆で山分けしようね」

「だな。楽しみにしてるぜ」


俺は二人のほのぼのした会話を背中越しに聞きながら、ダンジョンの奥へと進軍を再開した。




初心者ダンジョンと言われている通り、洞穴は一本道で迷うことはなかった。

10分も道なりに進めば、俺たちは明らかに人工物と思われる大きな両開きの扉の前にたどり着いていた。


「これって間違いなくボス部屋だよな」


ウェンディの呟きに俺とルーチェさんが揃って首を縦に振った。

見上げるほどの扉に威圧されるけど、思ったより俺は緊張していないらしい。

……隣のルーチェさんが人間バイブレーションになっているからだろうけど。


「勝てるかな?もうちょっとでレベルアップだから、経験値とか稼いできたほうがいいのかな?」

「んなビビることじゃねぇって。なぁ、ヒュージ?」

「……そうだな」


ボスの攻撃を3回食らったら死ぬ難易度、なんて璃々ねぇの情報を俺は飲み下した。


「んじゃ覚悟決まりゃ、初クリア目指してカチコミタイムだ!」


ウェンディがワイルドにドアを蹴り飛ばす。

派手な音を立てて開かれた扉をくぐり、ボス部屋を目される場所へと足を踏み入れる。

天井がなく、日の光が差し込んだ広い円形のフィールドはコロッセオのようにも見えて、如何にもこれからここで行われるのが激闘だと示唆している。


「ウェンディちゃん!ヒュージさん!あれ見てください!」


ルーチェさんが興奮した様子で部屋の奥を指差す。

そこには、俺がクリアパーツ用にと採掘していたあの水晶が鎮座している。

だが、山のように聳える大きさと差し込んだ陽光を反射する美しさは比べ物にならない。


「とっても奇麗だよね……」

「ああ。ダンジョンの中もヤバかったけど、ありゃあすっげぇ……」

「あのバランス、全身に使うよりもアンテナとか胸のワンポイントに使ったほうが映えるな……」


この世ならざる美しさに魅了される女性陣とは、思考が別ベクトルだったからだろうか。


『……kyururururu』


唸り声がはっきりと聞こえた。


「≪アイアンクラッド≫!」


咄嗟の判断だった。

スキルを起動し、二人の前に躍り出る。

次の瞬間、水晶の陰から高速で飛来した何かが連続で俺の盾を打ち付ける。


「一発が重たい……!」


クモやヘビとは明らかに格が違う一撃は盾で受け止めてもHPが削られる。

立て続けに襲い掛かる衝撃に盾が弾かれそうになるが、後ろの二人を傷つけるわけにはいかない。

足に力を入れ、床にめり込むのも構わず全力で受け止め続ける。

HPが2割を切ったところで、ぱったりと攻撃が止んだ。


「二人とも、ダメージはないか?」

「すまん、助かったぜヒュージ!」

「今回復します!≪ヒール≫!」


膝をついた俺に素早く駆け寄ったルーチェさんが回復魔法を掛けてくれた。

レッドゾーンに突入していたHPは瞬く間に最大まで戻った。


「ルーチェさん、ありが……」

『ksyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!』


俺の言葉をかき消すほどの大絶叫がフィールドを揺さぶる。

水晶の天辺から、部屋の主が俺たちの眼前に飛び降りてきた。


「……サソリ?」


ルーチェさんの疑問に、俺もウェンディも答えることができない。

【装城甲蟲 グラウバ】と頭上に表示されたボスモンスターは様々な虫のデザインが盛り込まれている。

黒をベースカラーにした細身のシルエットは彼女の言う通りサソリにも見える。

しかし、尻尾は巨大な鋏を模した形をしているからモチーフはムカデだろうか。

両爪はカマキリを連想させる鎌形で、擦り研ぐ度に火花が散る。

混沌としたモデルは、ダンジョンの主と呼ぶに相応しいゲテモノじみた外見だ。


『ksyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!』


カブトムシさながらの一本角を振りかざし、明確な敵意を持った咆哮を叩きつけてきた。

同時、背後の扉が音を立てて閉じてしまう。


「扉が閉まっちゃった!?」

「はッ、退路経ってくれるなんてテンプレが分かってるじゃねぇか」

「ボス戦から逃げられないのは、古今東西ゲームの常だな」

「そゆことっ!」


にやっと笑ったウェンディが槍を構える。

獲物を前にして昂っているのだろう、犬歯をむき出しにしてギラギラと目を輝かせていらっしゃる。

自信満々の一方で、不安満々な娘もいる。


「ルーチェさん」


ルーチェさんを背中にかばうように俺は移動する。


「緊張しなくていいよ。何かあれば俺がフォローする」

「で、ですけど。もしミスしちゃったら……」

「怒らないよ。でしょ、ウェンディ?」

「ったりめーだろ」


此方を一瞥したウェンディは親指を立てる。


「誰が悪いって胸糞悪い話なんかするかよ。全員一緒にデスペナ食らって、そんでリベンジマッチだ」

「アイテムバラまかれるんなら、俺は御免被りたいが」

「ケチくせぇこと言ってんなよ!それでも男か、テメェ!」

「ロボだろ」

「屁理屈かますんじゃねぇ!」

「くすくす……」


噛み殺しきれなかったようで、ルーチェさんが破顔する。

俺とウェンディのやり取りで、緊張がほぐれたみたいだ。


「落ち着いた?」

「はい、ヒュージさんありがとうございます。ウェンディちゃんも。どこまでついていけるか分かりませんけど、精一杯頑張ります!」


頬を叩いたルーチェさんはボスを見据える。

まだ足は震えてるけど、不安は十分取り除けたみたいだ。


「その意気だぜ、ルーチェ!ヒュージ、アタシのダチ公をちゃんと守れよ!」

「言われなくてもそのつもりだ!」


俺が≪アイアンクラッド≫を再使用させたことを皮切りに、ボスとの闘いの火ぶたが切って落とされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る