第16話 ゆきと再会する

 まだ勇太は体を思うように動かすことはできなかったし、体に力も入らなかった。

 二週間ぶりに会話をしたせいで疲れてしまい、再び深い眠りについた。


 目を覚ました時に、ゆきに会えるのではないかと淡い期待をしたのだが、起きてみると病室のベッドの上だった。何度か眠っては目を覚ましたが、もうゆきの家に戻ることはなかった。


 これが現実なんだ。別の世界で会った人にもう一度会うなんて、藁をも掴む話だ。いつも来てくれる鈴木さんが病室に入って来た。彼女は勇太が目を覚ましているのを見て、にこやかに微笑んだ。ドアを開けるとゆっくりと歩いてきて、体温計を取り出した。


「体温を測りましょう」

「はい」


 勇太は、体温計を受け取りわきの下にはさんだ。ピピッと音がしたので取り出し手渡した。その時彼女の体からかすかに音がした。


「あれ、鈴の音ですか?」

「はい、いつも持ってるんです」


「綺麗な音ですね」

「ああ、これですか」


 それを見た勇太は驚きの声を上げた。


「これ、どこで拾ったんですか。僕が鞄に入れていた物では……」

「いいえ、違います。これは私が昔からずっと持っていた御守りです」


「そんなっ! よく見せてください!」


 勇太の手は震えていた。そんなことが……。これは俺がここへ持ってきたのと同じお寺の御守りだ。しかもついている鈴は別に後から付けられたもので、世界に一つしかないはずだ。いくら探しても鞄の中にはなかったのに。なぜだ!


「鈴木さんはこのお寺に行って買ったんですか?」

「いいえ、もらったんです」


「どなたに?」

「高校生の頃、友人からもらったんですけど、なぜかその人の事はあまりよく覚えていなくて。とても親しかったはずなのに……」


 別の世界でゆきの家に行ったときに、確かに彼女にあげたものだ。目の前にいる看護師はひょっとして、愛理さんなのでは。彼女は看護師になりたいと言っていたはずだ。ゆきが彼女にあげたのだろうか。


「あなたは愛理さんでは……」

「いいえ。私の友達に愛理という女性はいますが」


「ひょっとして……あなたは」

「私は、鈴木ゆきです」


「鈴木……ゆきさん……ですか……」


 ああ、彼女ではなかった。期待しながら話を聞いていたのだが。しかし待てよ、鈴木という人と結婚したのではないだろうか。


「失礼なことをお伺いしますが……ご結婚されて鈴木さんになられたのでしょうか」

「まあ……」


「すいません。個人的な質問をしてしまって。怒らないでください。ひょっとして水島ゆきさんかな、と思ったので」

「あら、水島は私が結婚する前の名前です」


「えっ! ゆきさん! 僕の事を覚えていませんか? 正木勇太、あなたの家にホームステイしたことがありませんでしたか?」

「高校生の時に交換学生を受け入れたことがありましたが、なぜかあまりよく覚えていないんです。名前も顔も思い出せなくなってしまいました」


 ああ、あの時の自分は誰の記憶にも残っていないんだ。死神が言ったことはこういうことだったんだ。


「でもね、その人が突然帰ってしまって、それ以来無性に看護師になりたくなったんです。それで、この街にある看護大学に入るために上京してそのままこの病院で働くことにしました」

「ゆきさんの地元に自然公園がありませんでしたか?」


「町はずれにあります。その中に神社があって、祠の後ろに友人と名前を書きました。堂々といえることじゃありませんが……。私と愛理ともう一人。だけどその一人の名前は消えてしまって……ただ、そこへ行くと胸が苦しくなるんです。とっても大事な人と出会ったような気がして……」

「ああ、そうでしたか……」


 勇太は胸がいっぱいになった。自分がいたことが完全に消えてしまったわけじゃない。


「もうひとつ、正木さんには私の秘密をお教えします。この病院に来た時は鈴木だったんですけど、離婚して今は水島に戻っています。でも、内緒にしていたいから、ここでは鈴木のままなんですよ」

「ゆきさん。色々あったんですね」


 目の前にいる女性があの時出会ったゆきだということがわかり、勇太は感激で胸が詰まりそうだった。結婚しているかどうかなど、どうでもいいことだった。その彼女が独身だと知ると、更に勇太の心は時めいた。それを打ち明けてくれたことも嬉しくて、勇太の目には涙が溢れた。


 しかし、こんなことがあるのだろうか。これは死神が人生に見放されたと投げやりな気持ちで生きていた自分にくれたプレゼントなのだろうか。目の前にいるゆきの姿は美しかった。体育館でダンスをしていたゆきの姿と重なり、涙で滲んで霞んで見えた。

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