異国戦記

赤鷽

異邦人たち

第1話 見知らぬ世界



 陽射しに照らされた全身の表面が、じりじりと温められていく感触。それが吹き付けた一陣の風に、先ほどまでの穏やかな温もりが奪われ、肌寒さを覚えた陽菜はるなは夢から現実に引き戻された。


 陽射し――?

 それに、全身――?


「ん……」


 布団の感触がないことを不思議に思いながらも、ゆっくりと体を起こして、陽菜は目を開けた。


「え……!?」


 自分は部屋のベッドで寝ていたはずだ。今だってパジャマを着ている。だが、自分がいるのは見渡す限り、辺り一面の野原であった。


「え!? ここ……どこ……!?」


 自分の置かれている状況が呑み込めず、陽菜はもう一度確認するように周りを見渡した。ここはの野原だ。でも――。


「え……!?」


 陽菜は我が目を疑った。周りには多くの人が倒れていた。ただ、倒れている人たちが着込んでいるのは――。


「これ……。鎧……!?」


 日の光を反射してにび色に輝いているのは、正しく西欧風の甲冑だった。


「あ、あの……」


 最も近くに倒れている人ににじり寄り、覗き込もうとした陽菜は、甲冑のところどころにこびり付いている色の正体に気付いて、体を強張こわばらせた。


「これって……」


 乾いて変色しているが、確かにそれは血痕であった。


「あの……」


 怖々と甲冑に触れ、ゆさゆさと揺らしてみたが、反応はない。その意味するところは――。


「死んで……!?」


 そこまで言って、陽菜は慌てて手を引っ込めた。

 そういえば、甲冑を着込んだ人が辺りにごろごろしているだけでなく、持ち手のいない槍と思しき物や剣がそこかしこに突き立っていたり、散らばっている。5、6本の矢を甲冑もいくつかある。死因は刺さっているその矢であろう。

 ここは戦場で、戦いがあって、そして――多くの人が死んだのだ。


 そんなところにのだろう――?


 当然の疑問だった。そして、望むような答えが得られないこともまた、否応もなく理解した。


「ど、どうしよう……」


 これからの事に考えが及び、陽菜は途方に暮れた。そこへ、


「兄貴っ!! 女だぁ!!」

「!?」


 背後から響く大声にビクリ、と体を震わせて、陽菜は恐る恐る振り向いた。

 そこには、甲冑を着けた男が1人――。

 日に焼けた顔はいかめしく、その男が粗暴な性格であろうと思わせた。男は両の手にたくさんの剣を抱えていた。死んだ人の持っていた剣を掻き集めていたようだった。

 その背後――10メートルほど向こうにいたもう1人は振り向くところだった。そいつが、と呼ばれた男だろう。


「逃がすな! ヤコポ! 捕まえろ!!」


 兄貴と呼ばれた男がそう言って、弟分のヤコポに指示を出した。ヤコポと呼ばれた眼前の男が、バラバラと剣を落として近付いてきた。


「!!」


 陽菜は身の危険を感じて逃げ出そうとしたが、恐怖のためだろうか、もどかしいほどに身体が思うように動かなかった。ようやく這うようにして逃げ出した時には、すぐ後ろに男がせまっていた。


「あうっ!!」


 長い髪を乱暴に掴まれ、陽菜は引き戻された。男は、


「ひひ」


と、短い笑い声を漏らし、陽菜の喉元に腕を回してきた。


「捕まえたぜ! 兄貴ぃ!!」

「おお、よくやった。ヤコポ」


 取り押さえられ、振り向くことすら出来ない陽菜には見えなかったが、すぐ傍で兄貴と呼ばれた男が、弟分を褒めた。2人の語感から、陽菜は悪い予感しか思い浮かばなかった。


 殺されるか――。

 犯されるか――。


 そのどちらかの未来しか、想像出来ない。どちらにしても、陽菜にとっては、ろくでもない未来だった。

 


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