第25話 ゼロ・グラビティ

食欲スキルに支配されている若井の頭は食べることのみに支配されていた。


食べれば食べるほどにもっと食欲が湧く、より強くなっていく食欲はとどまることなく食料はみるみる消化されていきエリア内に存在する飲食店の食料には限りが見え始めていた。


「若井さん俺らの拠点に向かってるよな……?」


竹内と上田は若井の尾行に成功していた。

若井は料亭で小島と争った時よりもさらに脂肪を蓄え服も着ず、人相も影を背負い邪悪さが増していた。


見つからないようにかなり距離をとって尾行しているはずだが、若井から腹の虫の音が聞こえる。


「こんな体型になったのにまだ腹が減ってるのかよ……」


「病的なんてものじゃ生温い……これは全てを飲み込む怪物だ……」


欲望、若井はそれのみで動いている、見つかったら自分達まで食べられそうだ……触れるまでもなく危険、誰が見ても明らかな存在だ。

上田は危険を察知し、これ以上若井に近寄ることを恐れていた。



「上田ちゃん、頭の痛みはどう?」


魅了スキルの誘惑をごまかすため若井になすりつけた頭痛、拠点から若干離れることができたためストレスは解消されていた。


「今は平気です……理由はわかりませんが……」


下手に嘘をついて更に言い訳を重ねるより原因の不明さを若井に押し付けたほうが得策と考えた。


「そうか……」


竹内はそれ以上追求しなかった。

それよりも目の前の若井。竹内も最大限警戒はしていたが、様子見だけで終わるつもりはなかった。



「よし、声をかけるか」


「えっ!?」


考えてもいなかった、この状態の相手に話をする?

小島達もこの男にやられたと考えて間違いないだろう。


「無理です、俺達のスキルじゃ勝ち目がない」


(竹内さんは走力スキル、俺は知能と聴力、これでどう戦うんだ? 相手は何人殺してるかわからないんだぞ……)


未知数の相手に対しての警戒が薄すぎることに上田は否定的だった。


「勝ち負けじゃない、このままじゃ若井さん自滅しちゃうだろ? 助けてやらなきゃ」


「若井さんを助ける?」


考えてもいなかった、この状態の若井を救うことなど。


「みんなで……とはいかなくなってしまっているけど、出来るだけ大勢で元の世界に戻りたいだろ?」


「この姿になった若井さんが元に戻ると? もしここから出るにはマネージャーを殺さなきゃいけないんですよ、みんなで帰るなんてこと……」


「誰かがやったことなら、誰かが元にも戻せると思わないか?」


竹内には不思議なところがある、何かを提案したら何故か上手くいって人が集まってくる、昔の上田なら大衆の1人として竹内に擦り寄っていただろう、ただ今、妙に知恵を持ってしまった上田は竹内の根拠の感じられない自信に疑問を感じていた。


「俺は……危険だと思います」


「仲間同士で殺し合いなんてさせない……ちょっと行ってくるからさ、見ててよ!」


上田の返事を待たずに竹内は若井の元へ進んでいった。


「あっ……」


走力スキルの竹内は上田の言葉が届く前に若井の元に到達していた。


目の前に現れた竹内に若井は気付いたが、食欲を優先に前に進もうとした。


「すごい腹の音だな、そんなに腹減ってるのか?」


遠くでもうるさく聞こえる腹の音だ、間近まで近づいた竹内には相当な不快さだっただろうがまったく表には出さずに話しかけた。


「ううぅ……」


竹内の言葉に反応せず、声とは言えないような唸りを響かせ虚ろな顔で若井は前に進んでいく。


このままでは会話にならない、竹内は若井の進行を塞ぐ様に前に立った。

睨むでもなく蔑むでもない、若井の奥底の心情を覗き込む様にまっすぐに向き合う。


「どけ!」


竹内を払いのけようと肉のまとわりついた腕を振り回すが、竹内は素早く回避した。


「よかった、会話できるじゃないか」


見た目は人とは言い難い、だが感情とともに言葉がでた、竹内はわざとそう仕向け確認していた。


若井の身体中に血管が浮き出てきた、怒っている。


「ジャマするな! お前を喰ってやるぞ!」


スピードが上がった、巨体とは思えない様な速さで竹内に近付き、捕まえようと手を伸ばす。


急なペースアップに驚きはしたが、竹内はそれを回避する。



「うおおオォォォォォォォォォ!!」


今日な雄叫びをあげて、若井は更に速度を上げる。


「うわっ!」


思わず声がでるほど、竹内にも若井のスピードは予想外のものだった。



(だから無理だって言ったんだ……若井さんは話ができるような状態じゃないだろ……そんな人まで連れて帰るなんて無理なんだよ、そのせいで自分が死んだら意味がないじゃないか)


上田には竹内の考えが理解できなかった。


竹内のスピードはかなりのものではあるが、若井は追いかけるたびに速度を上げてくる。


「若井さん! 元の世界に戻りたくないのか!?」


逃げながらも竹内は若井に問いかける。


「知るか!」


いつからか若井は捕まえるのを諦め、拳を振りかざす様になっていた。


「それだけ会話できるようなら十分だ……」


竹内は逃げるのをやめた。


若井が猛スピードで竹内にも迫り、両腕を振り上げ押しつぶそうと迫ってきた。



「やばい!」


上田が竹内を案じたときにはことは終わっていた。




若井の体が竹内に触れるか触れないかの時点で若井の体が宙に浮き始めた。


「ウォォォォォォォ!!」


宙に浮いたままジタバタと暴れまわるが、何にも触れれずに溺れているようだった。




「竹内さん!」



上田が竹内に駆け寄る。


「あっ上田ちゃん、怪我はない?」


「あるわけないです……それよりこれは?」


若井を浮かせてるこれはどう見てもスキルだ。


「このまま若井さんに好き勝手動かれると犠牲者がでてしまいそうだからこうしてて貰おう」


「ちょっと待ってください……これはどう見てもスキルの力ですよね? 仲間同士で殺し合いをしないって言ってた人が、なんで2つのスキルを?」


「仲間同士で殺しあうのはごめんだ……仲間同士ではね」




上田には知る由もないが、このエリア内で職場の仲間以外に死んでいる者が1人いた。


ファントム。


竹内はファントムを殺した。


そこで新たなスキル『無重力』を手にし若井を行動不能にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る