第57話 会敵

 チグリスにも弱点はある。たとえば、移動中の索敵がちょっと苦手だ。

 よく分からないけど、自分が動いた状態での探知は緻密な数値の修正が必要になるらしい。チグリスのコンピューターがぐるぐる稼働し、僕の頭も上手く認識できなくてうんうん唸る。それで索敵範囲はぐっと狭まって、手に取るように把握できる範囲はせいぜい半径1キロである。

 1キロの距離などスカイデーモンはすぐにやってくる。あってないようなものだ。気付いた瞬間らなければられる。

 というわけで、僕の感知にスカイデーモン3が入ってきた瞬間、高圧縮熱弾3発を僕はぶっぱなした。それから班へ報告。弾は高速で緩やかな放物線を描き、ちょうど420メートル先で敵頭部へ着弾、破砕した。

 よし、オールクリアー。と僕は思ったが、班全体が緊急停止、なぜか立ち止まる羽目になった。ちなみに今回の遠足班は今までで一番多い15人編成だ。

「勝手に突然撃つな!」

 将校クラス二年の班長が振り返って叫んだ。

 え、なんで外部音声? 通信でいいのに。

「聞いてんのか、白いの! だいたい、お前一年だろうが。誰が射撃許可した!?」

 わざわざスピーカー使ってがなるって、なにか利点でもあるんだろうか。さっぱり理解できない。僕は班の通信回路を開く。なんか全員こっちに注目してるので、仕方なく全員にメッセージを送る。

「上官290228発行の許可書あります」

 敵は見つけ次第撃破してよし、射撃武器使用も可という一筆をもらってある。データ添付で送って証明する。

 以前の遠足でのことだ、同じような状況で悠長に班長へ発見報告を送ったら、分からず屋だった班長が僕の報告をさっぱり信じなかったのだ。しかも鈍チンで全然周囲の探知もしてなくて、敵がその目に見えるまでなにもしやしなかった。が。その敵が見えた時というのは、つまり班長が切り裂かれた時だった。

 なかなか悲惨な遠足になったから、帰ってすぐ僕は許可を取り付けた。間抜けな班長のせいで兵士が死ぬなんて勿体ない。

 許可書で黙るかと思った班長は、でもまだなにか言いたいことがあるらしい。無意味な足止めを継続、更に怒鳴った。

「なにがどうなってる!? どうやって敵に気付いた!? 見えてなかっただろうが!」

 班長がなにをムキになってるのかも分からない。むしろ一キロの距離に近づかれて気付かないわけがない。

「うっわ。やべえ。頭潰れて死んでる」

 誰かがわざわざスカイデーモンの死体を見に行ったらしい。確認するまでもない事実を通信で知らせてくる。しかも見に来いよなどと言うから、他の班員たちまでぞろぞろ見物に行き始める。潰れたスカイデーモンなんて見てなにが楽しいのか。果てしなく不合理な状況に僕の思考はイライラし出す。

「とにかく、許可があろうとも班行動を乱す勝手な行為は一切許さない!」

 僕を睨みすえ(ているように見える)班長が非難口調で断じたが、今まさに班行動を乱しているのは僕ではなくて死体見物なんかにいっているやつらだ。それに、見つけた敵を攻撃もしないで黙ってやられろとでもいうのか。意味不明だ。

 僕が困惑していると、ずいっと出てきたベヘモトが班長機の前に立ち塞がった。

「すみません、班長。でも問題は起こさないように俺が見張ってるんで大丈夫ですよ?」

 ベヘモトがアルの声でしゃべった。アルのベヘモトだ。

 ニコニコとでも擬音が付きそうな口調でありながら、重量級の威圧感いっぱいに迫るアル。ギアローダーの中の班長がどんな顔をしてるのか知らないけど、いや見ようと思えば班長機のシステムへ接続して見られるけど、特に見たくないし。

 班長は黙って立ち尽くしてしまった。どうしたいんだか、さっぱり分からない。

「クロード、そんなやつ放っとけ。ほら、全員集合しろ。このままじゃ到着が遅れるだろうが」

 副班長が口を挟んだことでようやく班は移動を再開する。今回の班長は将校候補のはずなのに随分低能だな、と僕は不安になる。そこへアルから個人通信が入ってきた。

「やっぱチグリスはすっげーな」

 楽しそうなアルの声。でもちょっと言ってることの意味が分からない。移動中のチグリスの索敵範囲なんて狭いし、ただ撃破しただけだし。別になにもすごいことはないと思うが。

「まだ見えてもない敵を撃ち殺すって、普通にすげぇって」

 なんだそれ。感知できていれば、行動予測をした上で砲撃を当てることなど造作もないはずだ。全速力で向かってくるスカイデーモンなんていいマトじゃないか。

 音で送られてくる声に苦笑が混じった。

行動予測そんなことしてんのか、チグリス。てかさ、敵なんか見える範囲でしか感知できないのが普通だからな。あんなまだ見えてない遠くの敵に気付く方が珍しいんだぞ」

 そう、なのか。一部情報を修正。チグリスは移動中の索敵も苦手な部類じゃないらしい。

 それにしても、見える範囲しか敵を見つけられないって、危なっかしすぎないか。

「だからさ、規格外のチグリスは不気味だって思われやすいから、さっきの班長みたいなの、ちょっと気を付けろよ、アオイ」

 妙に突っかかってくると思ったら、不気味だと思われたものらしい。ひどい話だ。

 でも、確かにチグリスはクラスでもすっかり忌避されてしまっていて、それはたぶん不気味だからなんだろうと思う。最近ではひどいことに教官たちからもどうやら胡乱な視線で見られていて、そのことにも僕はうすうす気が付いていた。

 チグリスにとっての当たり前が、みんなの当たり前じゃない。それはチグリスが高性能ギアローダーだからなのか、それとも僕の適性が高いせいなのか、それとも他に何か理由があるからなのか。

 僕には分からない。

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