第50話 変質者

 時刻は消灯後。基地の中で動いているのが夜番だけになった頃。

 暗くなった部屋で僕は初めてベッドへ上がる。皇女様のベッドだと思うとなんだか緊張する。昼間にチグリスで城のシステムへ入り込んだときよりドキドキする。なぜだ。これ、本来は僕のベッドのはずなんだが。息を詰めてそっと上がった。

 確か皇女様が開けていたのはこの辺りだったよな、と天井をペタペタ触る。スッと。音さえたてずに穴が開いた。覗いてみれば、真っ暗な穴が少し上に続き、折れてまたどこかへ繋がっているらしい。おお。実際に見るとすごいな。

 皇女様はここへ吸い込まれるように入っていた。たぶんなにか仕掛けがあるんだろう。が、そこまでは僕も知らない。よし、出番だぞ、僕の体よ。まずは頑張って穴を登れ。この向こうに皇女殿下がいる。

 僅かな突起を頼りに登っていく。やる気満々の体は難なく登ってくれるけど、いやこれ結構きついよね。体がノリノリで良かった。僕だったら嫌だ。

 L字に折れた穴は暗く、横へずっと続いているようだ。よく見えない。ある程度いけば、移動用のシャトルがあるはずだった。それに乗れば、ほぼ自動で皇女様の部屋の近くへ行けるように準備してある。

 横穴は大人が四つん這いで進める程度の大きさだ。僕には余裕だが、かといって立てるわけではない。手探りで進むうち、なにかにぶつかる。大きいチューブのようなこれがシャトルか。

 中へすっぽり入り込むようにして、これはどうしたら動くんだろう。と思う間もなくチューブは動き出した。

 真っ暗な中、ぐっと加速し空気を切って滑るように疾る。これはなかなか、怖い。見えないのがまた怖い。ぐいぐいと生身にかかる圧力と遠心力に耐えながら闇の中を運ばれていく。どういう原理なのかシャトルはすごく静かで、僕は悲鳴を上げないように顔を伏せて必死にしがみついた。

 大した時間もかからず、シャトルはすーっと動きを止める。僕はほっと息をついた。こんなもの、もう二度と乗りたくない。でも帰りも乗らないとだよなぁ。

 ちなみに帰りに関してはなにも準備していなくて皇女様にお願いするつもりである。もし会えなかったり仲違いで終われば、僕は上下する狭い通路を這って帰るしかない。それもちょっと勘弁だ。

 シャトルを降りてからは横穴をまっすぐ少し進むだけ。闇を探る手が行き止まりの壁へ行き当たる。この壁の向こうが皇女殿下のお部屋、のはずだ。この最後の壁だけは、僕もこじ開ける真似はしていなかった。さすがに女性の部屋へ勝手に入るのは、紳士的じゃない。ちゃんと開けてもらわなければいけない。

 ノックというには乱暴な、拳を思いきり叩きつけて皇女様に気づいてもらお――

ったー」

 めちゃくちゃ痛かった。分厚い壁に僕の手はあっさり負けた。叩いても全く中へ響いている様子はなく、ただただひたすら僕の手が潰れるだけだった。そりゃそうだ。鉄の壁だ。考えてみれば当然なのに、考えてなかった。なにか硬いスパナのようなもので叩けば違うだろうが、僕が叩いたり蹴ったりする程度では歯が立たない。

 ここまで来て。なんてことだ。まぁ、諦めないけど。今日が駄目でも、また来ればいいだけだし。

 とはいえ、這って帰るのも一苦労だ。手探りで辺りに使えそうなものがないか確かめてみる。通路の中にも持ち手らしきものや質感の違う部分があるから、なにかあるかもしれない。そのうち質量のある塊で動かせる物を見つける。なんだかは分からない。そこそこの大きさのブロック。配線のようなもので壁に繋がっているみたいだけど、ひっぱれば壁を叩くのにも使えそう。

 なんだか知らないけど壊れたらごめん。と心の中で謝ってから、塊を壁に叩きつけた。続けて壁をガンガンと叩く。うるさい金属音が発生。部屋の中にも聞こえているはずだ。皇女殿下がよっぽど深く寝入っていなければ気づくはず。中からの反応を確かめつつ、ガンガンガン、ガンガンガンとリズミカルに叩き続ける。

 寝てるなら起きるまで止めないぞ。無視してるなら開けるまで止めないぞ。やっぱり若干変質者っぽいけれど。しょうがないよね?

 自分でもいい加減うるさいなと思い始めた頃、目の前の壁が左右に割れて入り口がすっと開いた。壁を叩こうとしていた僕は、重い塊を握ったまま前へつんのめる。部屋からは明るい光がさんさんと差し込んできて眩しい。僕は慌てて塊を捨てて身を起こし、目を細めてなんとか光の中を見る。

 そこには皇女殿下がいた。部屋の奥に皇女殿下が立っていた。寝間着にガウンを纏っている。久しぶりに見る皇女様は変わらず美しく、とても愛らしい。僕は駆け寄りたくなるのをぐっと堪え、その場にぺたりと座り込んで皇女様を見つめる。見つめて、会えた喜びをどう伝えればいいか分からず、ただ静かに微笑む。

 僕を見つめる皇女様は、呆れたような驚いたような、あるいは恥じらうような変な顔だった。それがまた可愛くて僕は嬉しくなる。

 殿下、僕は君に会いに来た。

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