第47話 血脈

「基地に生まれ育つ子供ってそんなに多くないんだ」

 アルはそう話を切り出した。

「そうなの?」

「ああ。そもそもさ、結婚できる軍人が少ないから」

「え」

「見れば分かるだろ。兵士の男女比率はかなり偏ってるし。軍外の人に軍人は、モテない」

「……」

「軍人自体が忌避されるし、仕事のわりに給料そこまで良くないし、基地に住まないといけないし。官舎はあるけど非軍人の家族は住みづらい。あんまり結婚したい相手じゃないんだと」

 ああ。言われてみれば、そうかもしれない。共同住宅のお姉さんたちで軍人を眼中に入れてた人は、確かにいない。

「だから、だいたい基地の子供はみんな知り合いで遊び友達だったけど、ある日知らない大人が知らない小さな子を連れてきた。一緒に遊んであげてって。それがエマだった」

 小さい頃から皇女様は可愛らしい女の子だったのだろう。思い出すアルが目を細める。

「妖精が現れたかと思ったよ。ちょっと人見知りで、最初はなにもしゃべらなかったけど。慣れたら可愛く笑ってさ。楽しそうに遊んだな。皆でかくれんぼとかして」

 僕もその皇女様をちょっと見てみたかったと思う。

「夕方になって、大人が迎えにきて、それじゃあねってバイバイして、それっきり。その一回だけだった、皇女殿下様が遊びに来られたのは」

「……なんで?」

「なんでだろうな。俺もよく分かんないんだ。でも俺も気になったからさ。また遊べたらいいのにとか、誰だったのかなとか、それからどうしてるんだろうって」

 確か俺が8才かそこらの頃だ、とアルは言った。

「親や周りの大人に聞いたよ。あの子はだれって。そうすると、だいたいの大人は困った顔をするんだ。……一回しか来なかったのは、その辺りに理由があるのかもな」

 大人の後ろめたさな、と言うアルの言葉の意味は僕にはよく分からない。

「ちゃんと説明してくれる大人はいなかったし、しばらくして俺も忘れちゃってたんだけど。でも、あの頃聞いた話とか、大人たちの会話とか、今なら考えれば解る気がする」

 そこまで言って、はたとアルは僕を見て聞いた。

「ていうかアオイ。お前、結局皇女殿下様には聞いてないのか?」

「聞いてない。というより、聞いたけど分からなかった」

「そっか」

 皇女様は、僕が知る必要のないことだと言った。けど。僕はそうは思わない。勝手に備品として部屋に紛れ込み、好きなように振る舞って振り回し、生活に根付いておきながら突然消える。理由も分からないだなんて。さすがにそれは、ない。

 僕は話の続きをせっつく。

 アルはうーんと考えながら話し出す。

「もともとはここがなんだったか、アオイは知ってるか?」

「ううん、知らない」

 豪華な図書室といい、あちこちにある機械仕掛けといい、旧世代の曰く付き施設だろうとは思っているけど。

「ここはさ、昔は皇城だったんだって。最新鋭の防備がついた、大陸を支配する城」

 ああ、と僕は想像する。きっと強大に聳え立つ大きな城だったんだろう。

「それを基地にするって、確かに賢いけど」

「そうそう。便利だよな」

「建物が生きてるみたいに動いてる。こんな建築物、見たことない」

「生きてる。うん、まさにそれ」

 アルが得たりと頷く。けどそれが、つまり皇女様に関係するということなのだろう。皇女様と、かつての皇城。

「基地はすげーだろ。旧世代のロストテクノロジーてんこ盛りのすげー城、なんだ。でも、じゃあ、俺たちはどうやってそのロステクの恩恵にあずかってるんだ?」

「……え?」

「ギアローダーと一緒だよ。旧世代のシステムはどれもこれも権限がなけりゃ使えない。正統な後継者以外では使えないんだ。ましてこれだけデカくて強い城、誰も彼もが便利に勝手に使えるわけがないだろう」

 じゃあ、皇女殿下という存在は。

「そう。かつて旧世代の皇族の正統な血統者。皇城っていう巨大なシステムの適性持ち」

 皇女殿下がいるから、この城は生きている。

 なるほど、道理で自由に抜け道使ったり監視カメラ映像を見たりしていたわけだ。僕がギアローダーチグリスを操るように、皇女様は操れるのだろう。

「この元お城の遺跡をさ、落魄した皇族の子孫が軍に売ったんだと。システムを動かすための鍵として、子孫の一人を備品に付けるって契約で」

 城の付属品として売られた。

 皇女で備品だ、と言った皇女殿下の言葉は、ただただ言葉通りの意味だった。

「皇女殿下様の前は、あの人の父親だったらしいけど。今はエマだ。先の皇子は、エマを代わりの備品にして出ていったんだって。それが、俺の知ってる皇女殿下様」

 城の備品だとしても、彼女は皇女として粗略には扱われていない、とは思う。思うけれど、家族はいない一人だと言ったときの寂しそうな微笑みを僕は思い出す。

「なんで。なんで殿下は、わざわざ僕の部屋で備品ごっこなんかしていたんだろう。なんで突然、いなくなってしまったんだろう」

「それは、分からない」

 アルは首を振る。

「だけど、だから。アオイはちゃんと皇女殿下様に会ってその理由を聞いた方がいいと思う」

 だってエマはこの部屋で楽しそうにしてたから。とアルは言った。その言葉はなぜだかすごく僕をまごつかせた。

「や、でも、僕は。殿下が、嫌になったのかも、しれないし。顔見たくないのかも、だから。気になるならアルが、自分で行けばいいんだよ」

 皇女殿下はきっとアルのことは好きだと思う。

 大きなため息をついたアルは、呆れた顔で僕を睨め据えた。

「聞き分けの悪いガキだな。皇女殿下は俺の部屋の備品じゃない。お前の部屋の備品だろうが。お前を選んでこの部屋にいたんだ。俺が行ってどうすんだよ」

 アルは一息に言って、言葉を止めた。体を強ばらせる僕を見て、困ったような気まずそうな顔になる。

「無理に行けってことじゃなくって。エマのために、放り出さないで一回ちゃんと考えてやってくれよ。お願いだから」

「うん」

 全然頭の中の整理がつかないまま、僕はとにかく頷いた。

「うん、そうする。……けど、殿下ってどこにいるの?」

 アルが天井を見上げる。

「……さあ。それは、俺も知らない」

 おい。

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